敬語 ページ7
少しだけ聞いてみたかった。その理由を。肌は白い方だが、おばけだと勘違いされるほど青白くはないと思っていた。
少しだけ逡巡した後、司咲は口を開いた。とんでもなく失礼な勘違いをした手前、嘘をつくなんてことは彼女の良心が許さなかった。
「…視えるんです。ただ、人かおばけかぱっと見では判別できないくらいに鮮明に。だから、あなたのこともおばけと遭遇したばかりだったからおばけだと思ってしまいました。本当に申し訳ありません」
再び頭を下げようとした司咲に彼は柔らかく微笑んだ。
「もういいですよ、謝らなくて」
「あの、敬語やめてください。私の方が歳下でしょうし、落ち着かないので」
「分かった。お互いにやめよう」
「……え」
ね、と押し通されて司咲はこくりと頷いた。
「はい、これ。昨日落として行ったでしょ」
「……え。あ、ありがとうございます」
傘を受け取って司咲は驚いたように彼を見上げた。
「名前聞いてもいい？」
名前を聞かれて、司咲は更に驚いた。こんな、まるでファンタジーのような話を冗談だと笑い飛ばすこともしない。その上名前を聞いてくるなんてろくな人ではないだろう。でも、少しだけ嬉しかった。罵詈雑言を浴びせられるのは慣れているが、こんな優しい声を聞くのは基裕以外で初めてだったから。
「…本庄司咲」
「司咲ちゃん。俺は崎山つばさ。よろしく」
「よ、よろしく…？」
差し出された手。反射的に握り返してしまったが、きっともうこの人とは会うことはない。会いたくない。仲良くしたくもない。視えるということを話してしまった以上、関わるつもりもない。
「それじゃあ、また」
お辞儀をして神社を出る。そのまま一直線にアパートに帰り、着ていた服を洗濯機に突っ込んでタンスから新しい服を引っ張り出して身に着けた。
「どうしよ…」
昨日の今日で新しい職場を探す気力はない。人間社会でたくさん傷ついて、理不尽に攻撃されて人間不信になりそうだった。だけど、なんとか踏みとどまっていられるのは基裕がいてくれるから。彼も忙しい身の上なのに時間を作って司咲の話を聞いてくれるから。
とりあえず締め切った窓を開けて、心の整理をしようと掃除を始めた。ごちゃごちゃの心を整理するように、床に掃除機をかけた。
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作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2021年6月29日 15時
