動揺 ページ44
つばさには彼女が何を言っているのか、全く分からない。だが、彼女が博喜を救おうとしていることだけはよく分かるのだ。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前！」
強く強く、念じる。
どうか、どうか目の前のこの人が無事に戻ってこれますように、と。術はほとんど完成している。もう一言で発動する。
「急急如律令！」
護符が強く発光した。それは全て、霊を博喜の体から引き摺り出すためのもの。
司咲にだけ聞こえる断末魔のような悲鳴。思わず耳を塞いだ。
護符は発光とともに力を失い、ただの紙切れと化す。だが、霊を引き摺り出すことは叶わなかった。
「……嘘でしょ…」
かなり大きな術を使って、体力も持っていかれている。なのにその霊は未だ博喜の体の中に留まったままだった。霊からは幾分か遠のいたが、まだ博喜の命を脅かしている。
胸に耳を当てる。不愉快な声が聞こえてきた。
『この身体が人質だ。私の息子のところまで来い』
司咲は体を起こしながら、博喜の胸のあたりを見つめた。
「それはできない相談ね。無茶しないって約束しちゃったの。お願いだから出てきて」
『必死だな』
「当たり前でしょ。私の大切な友だちなの」
『友だち、ねぇ…。好いた男を助けたいだけだろう。分かったらついて来い』
「はぁ？」
『どうせもう体力残ってないから口で説得しようとしてるんだろう』
「…博喜さんには悪いけど、無理矢理引き摺り出してもいいんだけど」
司咲の声のトーンが下がった。誰にもその会話は聞こえていない。司咲の声しか聞こえていない。
『…できるのか？お前に。好きだと認めることもできない臆病者が』
嘲笑うような声。
「好きじゃない。友だちよ」
そう言いながら、胸の中を駆け抜ける感情に戸惑っていた。
別にそんなんじゃないのだ。博喜とはこの間出会ったばかりで、兄貴分の基裕と同じ年齢で、恋愛対象になんて入るはずがないのだ。
そこまで考えて、ハッとした。何故、こんな霊なんかの言葉に動揺してしまっているのか。それが何故か悔しくて、深呼吸をした。
『司咲？大丈夫？』
電話の向こうで基裕の声が聞こえる。
「大丈夫。引き摺り出すから、そのままよろしく」
覚悟を決めた瞳。司咲は両手で博喜の頬に触れて、唇を重ねた。
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作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2021年6月29日 15時
