嫉妬 ページ42
発した声は時すでに遅く、ドンっという鈍い音と共に博喜の長身が目の前でぐらついた。その体を抱きとめて、司咲は意識のない博喜の頬を軽く叩く。
「博喜さん！やだ、博喜さん目を開けて…っ」
反応がない。司咲はその胸に左手で触れると、右手を人差し指と中指を立てて握り込んだ。口の中で何かを呟くと、司咲はその指先を博喜の胸元に向けた。風もないのに司咲の髪が巻き上げられた。
手を開くと、その胸に耳を寄せた。司咲にだけ聞こえる霊の声。博喜の体の中、霊が悪さをしないように結界を施した。その中で暴れている。だが、一般人の体の中に入り込まれては調伏はできない。かといって、今の博喜を神社の結界の中に連れて行くこともできない。神社は神聖な場所。邪なものは例外なく弾き出される。最悪死に至る。
「…どうしよう。……晴明様…」
体を起こして司咲は顔を覆った。最善策が分からない。嘆いていたって状況は何も変わらない。分かっているのに、動けない。司咲の膝の上で意識のない博喜をが苦しそうに顔を歪めている。
霊は博喜の体の奥深く、魂の側にまで入り込んでいた。あと一瞬でも遅ければ博喜の命は尽きていた。そう思うと寒気がした。
いつまでもこんな街中にはいられない。司咲はつばさを見上げた。基裕よりも大きな彼を司咲が担げるわけがないのだ。
「お願い。私の家まで運ぶの手伝って…」
涙が滲んだ。司咲のせいで博喜がその命を落としたなら、きっともう立ち直れない。嫌なのだ。もっともっと、話したいことがたくさんある。
「…お願い…っ」
溢れた涙が頬を伝った。つばさはそんな彼女の頬に手を伸ばした。
「…泣かないで」
頬を拭って、つばさは博喜を背負った。つばさよりも長身の男。軽々とはいかなかったが、重くはなかった。何度も司咲を抱きしめたい衝動に駆られながら我慢したのは、また冷たく振り払われたくなかったから。
だらんと下がった博喜の手を司咲の小さな手が掴んだ。それに嫉妬しないわけがなかった。つばさは触れようとすれば振り払われるし、触れてなんてくれないのに。立場が逆だったらつばさの手を握ってくれただろうかと考えて、それはあり得ないだろうと切り捨てた。だから余計に、博喜に対する対抗心が燃え上がった。
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作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2021年6月29日 15時
