不愉快 ページ19
血が垂れて、一本の赤い筋ができていた。濡らしたハンカチでそれを丁寧に拭き取るつばさは司咲に微笑みかけた。
「昨日はごめんね。俺、距離感間違えちゃったよね」
「本当ですよ。もう私に関わらないでください」
そんな2人の会話を聞いて、宏文は控えめに声をかける。
「つばさ？俺、お邪魔みたいだから帰るね」
彼女を見つめるつばさの瞳は他の誰に向けるものよりもずっと優しくて、チョコレートのように甘かった。
「ひろくん、ごめんね！ありがとう」
「また明日。司咲ちゃんもまたね」
その言葉には答えずに、司咲は彼が立ち去るのを見送った。空を見上げるとオレンジの帳が降りていて、思わずカメラに収めた。
「やっぱり、夕焼け好きなんだ」
「…別に」
少しだけ上がっていた口角がまた横一文字に引き結ばれた。
血を拭き取って、最後に絆創膏を貼った。
「はい、終わり」
「ありがとうございます」
「帰ったらちゃんと消毒してね」
こくりと頷いたのを見て、つばさは笑みを深めた。
結界の外ではけたたましく喚く声が聞こえる。バンバンと結界を叩きながら鬼の形相で何かを言っている。
ぞわりと身震いをして俯いた。
「司咲ちゃん、俺のこと嫌い？」
「…嫌いです」
司咲の長い髪が顔を隠した。
「大っ嫌い」
司咲の目がつばさを一瞬だけ見た。
傷つくくらいなら、そんなこと聞かなければいい。最初から司咲とは距離を取れば良かったのだ。
「そうだよね…。俺、司咲ちゃんの事傷つけちゃったもんね。泣かせちゃったもんね」
「傷ついているのはあなたでしょう」
「俺はただ、司咲ちゃんと仲良くなりたかっただけなんだ。ごめんね」
「もういいですから、帰ってください」
「ごめんね。怪我してる司咲ちゃんを放っては帰れないよ」
結界の外、鬼が来るのが見えた。司咲はそっと両手を耳に持っていった。ギュッと耳を塞いだ時、4倍のけたたましい叫び声が聞こえた。耳障りで、不快な声。
耳を押さえていても不愉快極まりない。
「どうしたの？」
顔を顰めた彼女に問いかけてくるつばさから目を逸らす。この声が聞こえないなんて羨ましい、とさえ思った。
「帰ります」
立ち上がると、不意に目の前の景色が揺れた。重心が傾いた司咲を支えたつばさは心配そうに彼女を見つめた。
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作者名：星ノ宮昴 | 作成日時：2021年6月29日 15時
