米花町の音楽家 (ページ46)

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Op.6-21 ページ46

落ち着け。
物音を立てないように。

私は化粧室から出ることに成功し、そろりそろりと8号車の方に忍び寄る。
普段はなかなか感じられない尾行というスリルに、良くも悪くも胸が躍っていた。

しかも相手はあの安室透だ。
何か弱みでも握ることができれば、音信不通の6年間に何があったのか、それを自白させることも可能じゃないだろうか。
自分が優位になった姿を想像して、思わず口角を上げてしまう。

一歩。
もう一歩。

着実に足を前に進め、遂に8号車の客室の手前に辿り着いた。
私は壁にペタッと背中を付けて息を殺す。そして全神経を注ぎ聴覚を研ぎ澄ました。

会話の内容は分からないが、やはりもう1人、安室透以外の誰かがいる。
女だ。

………………女。

チッと舌打ちしたくなるのを抑えながら、そっと壁に指をかけた。
女と会っていることが分かり無性に腹が立ったが、冷静になれと自分に言い聞かせ、慎重に壁から顔を覗かせる。

私は視線の先の不思議な光景に、目が釘付けになった。

男女がわざわざ人目につかない場所で会っている。私はてっきり甘い雰囲気を想像していた。

しかし結果はどうだろうか。
安室透はこちらに背を向けていてよく分からないが、女性の顔は煙の中にはっきりと見えた。
大人っぽい顔立ちであったが、どこか寂しげで覚悟を決めたような、少なくとも好意を寄せている男性にする表情ではなかった。

そこの場面だけを見たら、まるで安室透があの女性を脅している様な感じ。映画の連れ去りシーンのようだ。
まさか彼に限ってそんな事しないと思うけれど。

私は目を細めて、物陰からじっと彼女を観察した。
髪は茶髪で肩ぐらい。
洋服はわりとシンプルめ。
大人びていてミステリアスな雰囲気である。

ふとあることに気がついた。
あの女性に見覚えがあるのだ。

確かあの人………………。

頭の中で時間を巻き戻すと、その謎はすぐに解けた。
あの女性、眼鏡男と一緒にいた少女によく似ている。身長こそ違うものの髪型も顔つきもほぼ同じ。まるで身体を大きくしたみたいだ。

しかしそんなの理論上無理。
多分姉だろう。