米花町の音楽家 (ページ44)

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Op.6-19 ページ44

何だろ。

外の様子が気になりお手洗いの扉から顔を出すと、5、6人くらいの男女が悲鳴をあげながら嵐のように通り過ぎた。
私は彼らの走っていった方向を呆気に取られた様子で見る。

いい大人が、ミステリートレインで運動会。
ちょっと楽しそうかも。
私も交ざってこようかなぁと考えてニヤニヤしていると、車掌さんが慌ててやってきた。

「お客様、8号車で火事です！前の車両へ避難してください！」

いかにも緊急といった様子でそう言い残し、車掌さんは先程の男女同様、1号車の方へ駆けて行ってしまった。
よくよく車内の表示を確認すると、此処は7号車と8号車の間にあるお手洗いらしい。

8号車で、かじ。

「………………火事？」

きちんと廊下に目を向けると、確かに煙たい。視界にもやがかかっている。どうやら私が知っている火事で間違いないらしい。

殺人に誘拐……その次は火事か………………。

今日何度目かの非日常ということもあり、驚くことも疲れた私は小さくため息をする。
そして化粧台の上の鞄を手に取り、何処か他人事のように感じながらも前の方へと避難した。

♦

人が多い。

とりあえず人の波に流され此処まで来たが、人が多すぎる。

火災の避難放送が入った後、各部屋から大勢の人が出てきて廊下はパニック状態。
現在も私のいる廊下は人で埋め尽くされていた。
正直見知らぬ人に四方八方から押されるので、気持ちが悪い。満員電車は苦手だ。

蘭ちゃん達に連絡しよう。
そう思った私はスマホを取り出そうと必死に鞄を漁るが、一向に見つからない。

「…………あ」

私は重大な失態に気が付いた。
先程のお手洗いの化粧台に、自分のスマホを置いてきてしまったのだ。

どうするべきか。
このまま避難しても大丈夫だろうか。
後で取りに戻れば。
でもこういう状況に便乗して泥棒は物を盗む。スマホなんて個人情報の塊だ。
盗まれたらいろいろ犯罪に利用されるかもしれない。

それに───────

あの中には、降谷くんとひろくんの写真がある。

私の身体は無意識に動いていた。

人の波を掻き分け、その流れとは逆の方向にぐんぐんと進んでいく。周りの人は自分の身を守ることに精一杯で、私の異様な行動に気がついていない。