米花町の音楽家 (ページ29)

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Op.6-4 ページ29

引きつった表情の私を見て、彼も顔を強張らせた。困惑も感じられる。
安室透のその顔、初めて見たかもしれない。

「何故…………ここに………………」

彼は低い声を漏らした。

いつもの笑顔はなく、厳しい表情で険悪な雰囲気を醸し出している。
私はいつもと様子が違う彼に圧迫感を感じ、一歩後ずさる。

「な、なぜって………………別に、名古屋に用が…………あるだけ……」

視線を泳がせながら、細い声を出した。
いつものように強気な態度を取ろうとしたが、彼の圧に少し怖さを感じ、怯んでしまう。

そんな私を見て、彼は大きなため息をついた。
そして、やれやれと言わんばかりのかすかな笑みを浮かべる。

あまりの急な切り替えに気を取られていると、思いもよらない一言が降ってきた。

「Aさんは馬鹿なんですか」

呆れたような笑顔で、面と向かって言われた。
突然馬鹿呼ばわりされて、私は目が点になる。
そんな私を気にも止めず彼は続けた。

「名古屋に行きたいなら、別の電車や新幹線を使えばいいでしょう？何故この列車で？確かに行き先は名古屋ですが、もともとこれはミステリートレイン。しかも推理クイズを楽しむ、年に1度しか走らない臨時列車です。どうしてそれを移動手段にしたんですか…………」

そこまで言って、彼は一息つく。
　

今の話を聞いてやっと理解できた。さっきの車掌さんの話、この豪華なヨーロッパ風の車内。恐らくこの列車は、オリエント急行をモチーフにしたイベント列車なのだろう。

そんなことを頭の隅で考えていたが、言われっぱなしは気に食わない。
確かに何も知らずに乗っていた私も私だか、何故そこまで言われなければいけないんだ。

私が反論しようと口を開くより先に、彼が真剣な眼差しで私を見た。

「絶対に…………もし何か起こったら絶対に、8号車には近づかないでください」
「…………は……い」

有無を言わさぬ強い言い方に、私は素直に首を縦に振る。
その返事を見て、彼の表情も少し和らいだ。