26 ページ26
・
そこからうっすらと人影が見えるとレースカーテンがバッと勢い良く開き窓ガラスがスライドする。出てきたのは黒のTシャツにワイドパンツとラフな格好でグレーのジャケットを片手に持った宮下。風呂から上がってまだ髪を乾かしていないのかいつもよりもしっとりと湿っている。それに気づいて俺も車から降りるとベランダから宮下がジャケットを投げ飛ばす。ちょうど下にいた俺はそれを器用に受け取った。それと同時にバサッと、芝生に落ちたのはやけに厚い茶色の封筒。
「返す」
「いらない」
「前と同じ三十万は引いたから」
「もうお前の口座に入れたんだ、お前の金だ」
「そんな見合わないお金受け取れない」
「俺がそれ同等の価値があると思って払っている。て言ってどうせ返しても受け取るわけないからな、勝手に口座に入れるぞ」
俺は芝生に落ちた厚い茶封筒の前で屈み手に取ると意地でも受け取らないと言う宮下に問答無用にそう言い放つとまだ乾燥機のせいで温かいジャケットを広げそのポケットへと突っ込んだ。
「なぁ」
真っ暗な庭を小さなランタンが朧げに照らしている。
前かがみのままの体制で呟いた声は、電車のジョイント音も、ほかの車のエンジン音も聞こえてこないその場に静かに響いた。
「お前は、ずっとここにいるつもりなのか?」
そう聞けば上から声が降ってくる。「………そうね」と、小さく。
「寂しくないのか、あんな広い部屋でひとり」
「………ひとりじゃないよ」
俺は立ち上がるとベランダのフェンスに頬杖を付く宮下を下から見上げた。
「女って言われて思い浮かべる仕事って、飲食店とかOLとか受付事務とかそんな小綺麗なモノばかりだけど。私の今の仕事はすごい汚れるし、オイル臭いし、手ベトベトだし……でも、私が頑張るくらいで救えるなにかがあるなら私はそれでいいと思ってる。でもたまに、なぜか空港とか呼ばれるし博物館とか美術館呼ばれるし、私一応車専門なんだけどな〜とか思いながらやってるけど。こう見えて意外と私、結構頼られてるんだよ」
「君の成績から見たら絶対に君は警察官になるべきだった」
するとなぜか宮下はこちらに小さく微笑み返し言う。
・
853人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ネイジェ - すごい、言葉に表せないくらい面白い!!更新頑張ってください! (2022年6月15日 19時) (レス) @page29 id: 17a7d13276 (このIDを非表示/違反報告)
ひゆめ(プロフ) - 凄く面白いです!!更新頑張ってください。 (2022年6月15日 12時) (レス) id: 141a54d8d9 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:冬 磨 | 作成日時:2022年6月14日 23時