この世界はいつだって 7

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「本を読むとさ、なんかのめり込んじゃうんだよね。その人がほんとに居るみたいに、嬉しくなるし悲しくなっちゃう。」


智くんは膝の上の本を撫でると溜息をついた。

とんとんと肩を叩かれて、見ると菊先生がものを書くような仕草をしている。
手帳とペンを渡せば、膝に乗せて器用に文字を綴った。


“物語は全て本当のことだと思います。”

「え？」

「伝記やフィクションのことですか？」


菊先生は首を振って、続きを語った。


“剣も魔法も。神も悪霊も。超能力も科学技術も、此処ではない何処かにきっと存在しています。”


それらを語る人々は、たとえ自分は無意識でも、想像の産物だと思っていても。
その存在をどこかで感じている人。
その道を歩むかもしれなかった人。


“あの時、もしも左へ曲がっていたら、右に曲がった自分とは違う世界を歩いていたはず。”
“でもそれは、確かに自分だから、いつか何処かで別れた世界が想像という形で還ってくるのだとしたら。”


もしもあの時振り返っていれば。電車に乗っていれば。珈琲を飲まなければ。右から二つ目のプリンを取っていれば。
何気ない選択も含めたら、星の数より多いはず。
それが人の数だけあるとしたら、なんて果てない話だろうか。
自分が左に進んだ世界と右に進んだ世界が異なるように、今この瞬間にも違う世界が生まれている。
その世界にはきっと、現実と呼ばれる此処には無いものだって揃っている。


“溶けるような幸せも、胸を切り裂く悲しみも、伝説の英雄も事件の被害者も、誰にだってあり得たこと。そして何処かで存在していること。”

「パラレルワールドですね。並行世界が無意識下に影響して物語が生まれる、かあ。」


何かを創り出せる人というのは、他世界の何かを無意識に受信できる人と同意なのだろうか。
一時期ハマった戦隊ヒーローも、何処かの世界では今日も戦っているのかもしれない。


“勝手な解釈ですけどもしかしたらって、そんな思いで本を読むと、全部大切な物語になる気がして。”


そこまで書くと、慌てて手帳とペンを俺に返してきた。
急に恥ずかしくなっちゃったのかな？普段はこんなに話すヒトじゃないからな。


「じゃあ抽象画だって描いたのも、何処かにある景色かもしれないんだ。」


それまで黙って考えていた智くんは感心したような声を上げた。
知らぬ間に何かキャッチしてたなんてすごくない？って、人事みたいに笑っている。
その世界では、俺らは何をしているのかな。

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