【鬼灯の冷徹】誰も何も望まない短編集完結 (ページ34)

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34.眠れない夜　正太郎ページ34

女癖の悪かった正太郎は毎晩のように違う女と寝ていた

朝方まで遊び呆け、昼間はもっぱら家の中で過ごす昼夜逆転の日々

ある日遊び疲れた正太郎は家に帰る事に失敗し、吉備津(きびつ)神社の境内で倒れるように眠っていた

砂利の上で盛大に手足を伸ばし、遙か遠くで煌々と輝く太陽を余すことなく全身で浴びる

正太郎「…痛いし眩しい」

神社を訪れた参拝者たちは、そんな情けない正太郎を見ては尽く素通りしていく

確かに視界に入っているはずなのに、正太郎はまるで自分が存在しないような気がしてきた

親を悩ませ、他人からも必要とされていない自分

正太郎「いっそこのまま境内の砂利の一つになってしまおうか」

磯良「それは困ります」

誰も聞いていないと思ってぼやいたため、返事があるだなんて考えてもみなかった

ゆっくりと体を起こした先には綺麗な女性がしゃがみ込むように正太郎を見ていた

正太郎「いつからそこに？」

磯良「朝日が昇りだした頃からです」

あぁ。だから誰も近づこうとしなかったのかと正太郎は納得した

そして、磯良の下に見える短い影を見ては、もう一度仰ぐように天を見上げた

太陽は真上にあり、時刻が昼近くだと言う事を示していた

正太郎「迷惑なら見てないで叩き起こせばいいのに」

磯良「寝顔が綺麗だからつい見入ってしまったんです」

磯良は恥ずかし気もなく歯の浮いた事を言う

正太郎「今更褒めた所で何も出ないぞ？砂利になったら困ると言っていただろう？」

磯良「こんな男前が石になってしまったら残念だと思ったからです」

遊び人の正太郎も人をべた褒めすることがあったが、磯良のように清らかな笑顔を添える事は出来なかった

正太郎「なら人のままでいる事としよう」

立ち上がった正太郎は何事も無かったかのように神社を後にする

そして鳥居をくぐったところで正太郎は磯良の名前を聞くのを忘れたと後悔し、家に帰った所で昼間の事が頭から離れず、眠る事が出来なかった

夜になればいつものようにふらふらと街に出て遊び歩く

…のではなく、神社で会った磯良について聞き込みをし、翌朝には父親に縁組みのお願いをしていた

磯良を裏切った今では誰にも信じてもらえないが

一人の人を思い、遊ばずに寝れない夜を過ごしたのは

磯良

後にも先にもお前しかいなかったんだぞ？
2014.12.17