【ヒプマイ】 35℃、カタルシス。2 【男主】

80 ページ31

物寂しい、というより、殆ど殺風景に近い



「君はミニマリストなのかい」
「薄給でこき使われる男の一人暮らしなんてこんなもんですよ」



さらっと皮肉を言われた気がする

しかし、それにしても布団とミニテーブルしかないというのはどうなのだろう
キッチンにも食器はなく、恐らく収納されているのだろうが料理をするようには見えなかった
流石にクローゼットは開けないが…



「適当に座ってください」
「うん、ありがとう」



理津は宣言通りティーカップを取り出し、湯を沸かしてお茶を淹れる
…彼が普段使っている物だと考えると、下心くらい湧く



「どうぞ」
「ありがとう。…それで、君はこれからどうするんだい」

「どう、とは」
「仕事、辞めたんだろう」



驚いた後、苦い顔をする
少なくともそのくらいの覚悟があったという事

彼が病院を訪れた日のことを思い出し、寂雷も顔を歪める



「そうですね…ま、生活には困らないですし、しばらくはゆっくりしますよ」



当てでもあるのだろうか
だとすれば、一体なんだ

心に靄がかかるが理津は答える気はないようだ



「書店の仕事に戻る気は」
「無理矢理辞めたんで、しばらくは顔向けできません」



自虐的に笑う顔に心が痛む
寂雷はそんな理津の表情を和らげようと笑って言う




「いっそのこと同棲するかい？」

「は、誰と」

「私と」

「しっ…ないわ馬鹿！！」




本気半分だったのだけれど、そう上手くは行かないな

頃合いを見て立ち上がる




「さて、そろそろお暇しようかな」
「もう行くんですか」




座ったままの理津が上目遣いでこちらを見る


その表情は反則だろう


寂しそうな顔
そんな顔をされたら、離れ難くなるじゃないか


ああ、我慢しなくては


理性を保とうとふと思い出したことを口に出す



「そういえば、理津君。約束、覚えているかい」

「は」

「優勝したよ」

「…あ」



忘れていたらしいね



「今すぐは無理ですよ」
「わかっている。今はゆっくり休んで」

「そのうち、ね」
「…うん」



ああもう滅茶苦茶に抱きしめたい

衝動を抑えるため、靴を履く
早く離れたい気持ちと、ずっといたい気持ち
後者が寂雷を縛り付ける




「そうだ、一郎君に連絡を入れてあげなさい。心配していたよ」

「は？なん…あ」




察したのか、苦い顔をする


少し辛いなあ
やはり、ライバルは少なくないようだ


なんて、かつてのチームメイトにすらそんな感情を抱くなんて、自分も存外器が小さい

81→←79

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す