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｢A？｣
彼は未だに私を下の名前で呼ぶ。
私の苗字は、好きじゃないらしい。
周(ｱﾏﾈ)というのだけれど、フルネームにするとなんだかゴロの悪い感じになってしまう。
それでもこの苗字は好きだった。
誰とも被らない、私だけのモノ。
でも彼は、嫌いらしい。
その理由は、わからない。
｢なあに、潤くん。｣
｢お前さぁ、その呼び方やめてほしいんだけど。｣
｢……はあ？｣
あまりにも突然過ぎて、間の抜けた声が出た。｢ふはっ｣と笑ったその顔は、紛れもなく昔と変わらぬあの顔だった。
｢俺はさ、"くん"なんてつけて欲しくないんだよね。｣
｢元カレとそんなに距離詰める意味でしょ。｣
｢俺はそういう壁、とっぱらいたいんだけどね。｣
潤くんはまた訳の分からない事を言う。
そう言って私に勘違いさせる。
まあ、何であろうと潤くんをまた好きになることなんてないんだけど。
｢またお前をオトシてやるよ。｣
ニヤリと上がった口角には自信が満ち溢れていて、不覚にもドキリとしてしまった。
その日の私は何故か浮ついていて、仕事でもいくつかミスをした。
そら、現場長にも怒られるわ残業だわ散々で。
いつも乗ってる電車より何倍も遅い電車に乗った。
ガタンガタンと揺れる電車の窓からは、幾重にも重なる星たちが群れをなして、ひとつのリズムを夜空に刻んでいた。
ため息が窓を曇らして、私の心は沈んでいく。
疲労感に満ち満ちて、ぐったりして電車を降りる。
心做しかいつもより足が浮腫んだような気がする。
いつものホーム、トタン屋根。
キシキシ歪む床のタイルと錆びた柱。
この飾らないホームが好きなのだ、
ふとホームの椅子に目をやると、あの彼の姿を見つけた。
煌びやかな黒のスーツに赤を基調とした派手なネクタイ。
普段のサラサラな髪の毛とは一転して、ワックスで固められたかきあげた前髪。
くつだってエナメルでとがってる。
まるで別世界の住民のような姿だった。
そんな彼に幻滅なんてするはずなくて、むしろ憔悴したこの心に刺激を与えた。
彼は夜の遅い時間、どこへ向かうのだろうか。
少しの好奇心だった。
私は彼の背中を追うようにして、急ぎ足で走る電車に飛び乗った。
空では星が瞬くようにして輝いている。
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作者名：ななめ28° | 作成日時：2018年7月11日 21時
