[wrwrd]赤に溺れる６ (ページ45)

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「……トントンさんは、夢にまで苦しめられたらもう大変ですね」

それこそ、少ない睡眠時間の中で悪夢なんて見たら休んだ気にもならないだろうし、と、思う。現実世界だって、私とは比べ物にならない多大なストレスと労働とを背負っているのだし。

「ああ、それはな」とトントンさんは今気が付いたような顔になり、

「『夢』って気づいたら、いける」

「……気づくんですか、トントンさんは？」

「俺はな。でもそうか、やっぱ珍しいんやな」

トントンさんは独り言ちた。

彼の言うのは『明晰夢』の事だろう。
自分の見ている夢を夢だと認識できる人の事だが、これが中々珍しい。我々の大抵は、どんなに奇天烈で矛盾した不思議の国のような夢を見ても、起きてしまうまでそれが夢だと気づけない。

「気づかんと目ェ醒ますこともあるけど、まあ気づく。で、それが悪夢やったら＿＿『悪い夢。バク喰えバク喰え』、って唱えるねん。そしたら、夢が変わる」

＿＿その呪(まじな)い＿＿＿

私はやや瞬きをやって、そうしてから、

「……夢、変えられるじゃないですか」

「変えられるだけやねん。次の夢が何になるか＿＿俺には解らん。次の夢を見る」

そうして次の夢も悪夢なら＿＿それを、繰り返すのだろうな、と、思った。

「……貴方の獏さんは、よく働きそうです」

「……祖母(ばあ)さんが教えてくれた呪いやから。小さい頃にこれでも努力してんで」

何とか悪夢を見ることがないように、と小さなトントンさんが夢現に踏ん張っているのを、何となく想像する。
何だか可愛らしい光景だな、と、現在の彼まで微笑ましくなる。

でもなあ、と彼はぼやいた。

「其処まで行っても、夢や、って気づいて、『そしたら好きなことしよ』って思ったら、こう＿＿夢が一気に雑になる」

「雑……？」

「何て言うか、ボロくなる？空間の端とか、……」

彼はやや視線を彷徨わせてから、

「例えば何も知らん時にマジック見たら純粋に驚けるけど、ネタを知っとったらマジシャンのふとした挙動に冷めたりとかするやろ？あれに近いんちゃうかな」

張りぼてだと気づいた瞬間、その作品の全く気にならなかった場所の解(ほつ)れが目につくような。
画像の解析度が一気に低くなるだとか、そういうものにも近いのだろうか、と思う。

「そしたら、あかん。夢としての空間を保てんくなるんやろうな。……ま、所詮は夢、って話」

そりゃそうだ、と、目を細めた。