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そして彼女は、俺の前に解るように本を置いた。
相手を優先するという意思を解り易く示すその行動は形式的なものでもあるが、その行動が全く自然なものであったことは、彼女の身にそれが沁みついているのだとよく解る。
そして彼女は、黙った。
彼女はいいつも俺たちに対して受け身で、話の中での質問も最低限に、与えられる情報の中のみで息をしようとしている。
だから、彼女から話はしない。相手から貰う話を申し訳程度に緩やかに広げて行くだけ。
この広げる、と言うのだって、相手が話したいと思っている所にそっとランタンの光を灯してみるような、非常に控えめな相槌だ。
勿論その態度で助かっている所は大いにあるのだが、彼女自身の話を強請りたいという気分になるのも仕方のない事だろうと思う。
とはいえ。
彼女にとっては、俺に不用意な質問をしたりと言ったことは殆ど禁忌。
やはりいつも通り、ゆっくりと話を始める他はないだろう。
他社の歩調に合わせた話をすることなんて、抑も俺の職業上で言えば正反対の事をしているわけだが、やっていることとしての本質は変わらないので朝飯前なのだ。
「最近はどう？ 何や変なことに巻き込まれたりしてへん？」
そんなことになっていれば報告が来るのだが、それでも聞くのは形式的必要だ。
例えば、「今日はいい天気ですね」と、空を見て風に吹かれれば解る事を言ってみるのと同じこと。
抑もマナー何ていうものは殆ど前提的に形式だ。それとやはり、同じことなのである。
彼女は困ったように眉を下げる、よくするあの表情で、「お陰様で」と言った。
「それならよかった。ホンマ、ちゃんと慎ましく暮らしとっても何か巻き込まれたりしちゃうんやもんなあ」
本当の事である。
彼女自体は言いつけを守って、本当に慎ましく、欲を吐くこともなく静かに日々を消しているのだが、周囲がそれを放っておかないというか。
彼女が望んでいなくても彼女を中心に火種が爆ぜたり、単に巻き込まれてしまったりと。
彼女は愈々困ったようにして、＿＿＿少しだけ、はにかんだ。
それは本当に微細な表情の変化なのだが、それでも少しでもこういう表情の綻ばせ方をするようになったのはいい傾向だ。
「最近はずっと図書館居るん？」
「そう、ですね……時々。庭に行ったりも、してますけど」
雨続きでは、庭に出られないのだろう。
水やりの必要はなくなるのだが庭に行き難いとひとらんが零していた。
「雨が上がったら、また」
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作者名：遥彼方 | 作成日時：2021年5月8日 20時
