[wrwrd]赤に溺れる６ (ページ12)

今日:1 hit、昨日:12 hit、合計:24,492 hit

２４９ページ12

茶葉の渋みを誤魔化すには、やはりミルクのまろやかさに頼るのが一番なのである。
だから渋みの強い茶葉などは、元々ミルクティーにするのが一等美味しいとされるものもある。

「……それじゃ、ミルク、お願いします」

「はい」

エーミールさんは人好きのする笑顔で、ミルクの準備をする。
それをぼんやり見つめてから、時折薪を弾くような音をさせる火を見つめた。

……背筋の辺りにぞわりと寒気が走る。
火のうねりを見て取る度に、少しだけ身体が硬直してしまう。

「……」

この調子じゃ、これを治すのだって厳しいんだろうな、と思う。
火のくれる熱以上に、冷える物がないことを祈るばかりだ。

「どうぞ」

ティーカップを差しだして、エーミールさんは穏やかに微笑んだ。
礼を口の中で言いながら、縮こまるようにして受け取る。

「……」

……気まずいと、やはり感じてしまうから。
自分で地雷を踏む感覚を覚えながらも、口を開く。

「……あの、すみませんでした」

「？何がです？」

彼の首の傾げ方と言い、その無垢な子供をそのまま大きくしたかのような顔と言い、本気で何に謝られているのか皆目見当がついていない、と言う様子であった。
藪蛇だったかと思う。然し、言いだした以上、そして私自身の中で燻(くすぶ)っている以上、言うより仕方ない。

「……あの時。逃げて、しまって」

あの時、などと言うある種抽象的な言い方にならざるを得んかったのは、私の時間感覚はとうに狂ってしまっているからだ。
今が何月何日で、あの日から何日経っていて、今は何時だ、と詳らかに答えられない。

彼はそれでも小首を傾げたままであったが、ややあってから、

「……ああっ、アレ！」

と漸く思い至ったらしい、大きく二度頷いた。
そうしてから、柔和な笑みを浮かべた。

「あれは仕方ないですよ、ゾムさんが来てましたから。寧ろ私の方こそすみませんでした。彼はよく私に会いに来るものですから」

眉を下げる彼の表情には、他意と言うものが一切ない。
……つまり、本気だ。本気で、そう思っている。

私は先ほど見た噴水の水面の様に心が多少搔き乱されるのを覚えながら、

「でも、私。……」

と、未練がましい位の単語を紡いだ。
それ以上の言葉が続かなかったのは、段々と言葉が頭の中で散らかり始めたこともあったし、エーミールさんが笑みを浮かべ直したからでもあった。

やはり、色素のためか儚い位に柔い。
だが色は、喜色に似ていた。