9.好意の音 ページ9
「……本っっっ当に申し訳ございません。私の給与から引いてください」
「良いの良いの、気にしないで!!誰にだって失敗はあるから!体調悪いんでしょ?早く帰って休んだ方がいいって!」
今私はスタッフルームで店長に頭を下げている。
たんぽぽ君が来て休憩に入ったのにも関わらず、休憩明けに立て続けにミスをしまくったからだ。
注文を聞き間違え、メニューを届けるテーブルを間違え、挙句の果てには思い切り転んでコーヒーを地面にぶちまけ、カップを3つも割り………。
思い出すだけでこの世から消えてしまいたくなる。
優しすぎる店長に甘えて、今日はまだシフト中だが、もう帰宅させてもらうことになった。
このままホールにいてもまた迷惑をかけるだろうから……。
何度も店長に頭を下げて、いつもより明るい帰路につく。
あぁ、まだ14時過ぎだ……2時間しか働いてない……。
その点迷惑かけるって……終わってる。
15時くらいにまた忙しさの波が待っているのに……。
気持ちがマイナス振り切って落ち込んでいる為、どんどんネガティブな方へ思考が加速する。
あぁこの前のたんぽぽが綿毛になってる。
きっと風で飛ばされてバラバラに……。
思い切り泣きたいのに涙が出ない。
昔からそうだ。
泣きたいのに、自分自身が何処かでそれを止めていて「泣いちゃ駄目だ」「泣いても何も変わらない」とブレーキをかける。
一度でいいから誰かの胸を借りて思い切り泣いてみたい。
そんな相手が居ればだけど。
朔?あぁ彼女は駄目だ。友人に心配はかけられない。
「はぁ……」
誰もいない道だから、と大きくため息をついてみる。
「…ふふ、………あは……」
ふと、後ろの方で誰かの笑う声が聞こえる。
しまった、誰かいたのか、とちらりと後ろを見る。
「……誰も、いない……?」
しかしそこには誰もいない。
おかしいな、確かに聞こえたのに。
言葉の聞き間違えはあっても、音を捉えるという点では自信があったのに。
うーん、と首を傾げながらもう一度進行方向に視線を向ける。
「………ふふ、A……」
「っ?!!」
聞こえた。
確かに聞こえた。
私の、名前を……!!
歪な好意の音に背筋が凍る。
また後ろを見るのが怖くて、でもどうしたらいいのか分からなくて。
110番でもすれば良かったのかもしれないけど、そんなこと考えられなくて。
私がとれた行動は、全力でその場から走り去る、というものだけだった。
1人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:tokumei | 作成日時:2023年8月21日 13時