7.彼の音に ページ7
「有難うごさいます、ご注文を繰り返します。アイスカフェラテが二つ、小エビのサラダが一つ……_」
今日も今日とてバイト三昧だ。
朔から我妻善逸君のことを聞いてから、1週間くらい経っただろうか。
結局あれからというもの、キャンパス内でもバイト先でもそれらしき人は見当たらなかった。
どうせなら会ってみたいという好奇心もあったが、会えないものはしょうがない、と割り切っていた。
今の私にできることは、営業スマイルを浮かべていつも通りの接客をすることだけだ。
チリン、とあの鈴の音が聞こえて、反射的に入り口へ向かう。
「いらっしゃいませ、何名様、で、す……か……?!」
いつもの定型文がうまく言えずに詰まる。
思わず引き攣った笑顔のまま固まってしまった。
「ひ、1人…です」
何処か気まずそうにそう言うお客様を、私は見たことがあるから。
……あぁ、また、来てくれたのか。
今は友人達の姿が無く、どうやら1人で来てくれたらしい。
あの、派手な金髪が似合う人。
「たん……っ!
………大変失礼致しました。1名様ですね。こちらの席へどうぞ」
「あ、有難う、ございます……!」
たんぽぽ君、と言いかけて流石に止める。
待て待て流石に失礼過ぎだ。
相手はこっちのことを覚えてもないだろうに。
接客の不手際を丁寧に謝罪し、いつもの笑顔で仕切り直す。
席に案内する動作と共に、またこっそりと彼の音を聞く。
どうやら私も相当馬鹿のようだ。
でも、今度こそ聞き間違えて勘違いしないように。
「………っ」
そう、思っていたのに。
やっぱり君から恋の音がするのは……気のせいではないのだろうか。
あまりにも純粋で初心な恋の音に耐えかねて、「ごゆっくりどうぞ」とだけ言ってその場から離れる。
聞いているとこちらまで恥ずかしくなる甘い音に動揺を隠せない。
「ちょっ!Aちゃん顔赤いよ?!熱でもあるんじゃない?!」
「い、いや、大丈夫です……」
「大丈夫じゃなさそうなんだけど……。取り敢えず少し早いけど休憩入ったら?今結構手は足りてるからさ!」
「………じゃあ、お言葉に甘えて。お先に休憩失礼します」
私は……ホールですれ違った店長に心配されるほど顔が赤かったのか。
そう自覚すれば、休憩に入ったのにも関わらず、顔の熱が更に熱くなったのを感じた。
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作者名:tokumei | 作成日時:2023年8月21日 13時