3.耳を疑う ページ3
「12番卓、カルボナーラせきまえでお願いします」
「え、あ!はい!了解です!」
朔とあんな会話をしてから数時間。
店長の言った通り、カフェは通常よりも混雑していて、ホールもキッチンも大分パンク状態だった。
営業スマイルは変えずに、テキパキと仕事を捌いていく。この手際の良さには定評がある。
普段ならば上がる時間だが、今月は1時間多くシフトが入っている為、変わらず接客を続ける。
ちなみに、私は何故か店長や他のスタッフに「Aはホールが神ポジ」と言われているのでホール専門だ。
チリンと僅かに鳴った来店を告げる音を聞き逃さずに、すかさず入口へ向かう。
こういう時は耳が良いと便利だ。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
営業スマイルに定型文。
来店の音を鳴らしたのは3人組の若い男性。
なんと3人とも顔が整っている。
見ない顔なので恐らくうちの大学の新入生だろう。
「3人です!」
「3名様ですね。こちらの席へどうぞ」
「有難うございます!」
「いえ、ごゆっくりどうぞ」
元気よく感謝を述べられて、若干嬉しくなる。
もちろん態度には出さないが、きっと私は疲れている。
忙しい時にお礼をもらえたら、それだけで気持ちが軽くなる気がした。
そんなお礼を言ってくれた…特徴的なピアスを付けた美青年からは、聞いたことない程真っ直ぐな優しい音がした。
それに……、類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。
その人と一緒にいる2人からも「良い人」と一瞬で分かる音がした。
視線は向けず、その人たちの「音」に耳を澄ました。
少し胸元が緩い美青年(美女?)からは、荒々しさも感じるが、その中に純粋な優しい音。
派手ではあるが金髪がよく似合う美青年からは、一途な優しさと初心な恋の音。
…………ん?恋の音?
思わず金髪美青年の方を見てしまう。
「!」
「っ?!」
しかし目が合ってしまってすぐに逸らす。
だが確信した。間違いない。これは恋の音だ。
あの青年は恋の音をさせていて、今も顔が赤く見えた。
……いいな、青春だろうか。
僅かに感じた「私への」好意に耳を塞ぎ、仕事に戻る。
自分の耳を疑ったことは無いが、今ばかりは流石に信じられない。
きっと疲れているんだ。うん。そうに違いない。
「注文良いですかー?」
「かしこまりました。只今伺います」
他のお客様に呼ばれた為、切り替えてまた笑顔を取り繕った。
仕事に集中すれば、彼の音も聞こえないから。
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作者名:tokumei | 作成日時:2023年8月21日 13時