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その日のレッスンは最悪だった。
ここが出来ていない。いつまで言わせるんだ。
お前の演奏からは何も伝わってこない。今まで何をしていた?
詰問され、答えに窮する。
「母親の死が演奏に深みを与えると期待したんだがな。」
ひゅ、と喉から息が漏れた。この男は、今、何を言っている?
私の母を何だと思っている?
人の死を、どうしてそう軽々しく捉えられる?
気が付けば私は固い声で男にこう告げていた。
「先生。今までお世話になりました。もう、レッスンには来ません。」
それから先生は怒り狂って、私を罵倒した。
もともと期待はしていなかった、だの、時間の無駄だった、だのとのたまう男。
その声を無視して、楽器を片付けて練習室を出た。
早足で廊下を抜けて、建物から飛び出して。
誰か、誰か私を助けてほしい。抱きしめて、優しい言葉をかけて欲しい。
お母さん。
その瞬間、私は自覚したのだと思う。
大好きな母親はもうこの世にはいない。二度と会えないし、声も聞けない。
その途端、猛烈な孤独感が私を襲った。
私、これからどうすればいいの?頼れる人は?
本当に私のことを好きな人なんかいないんじゃないの?
そんな問いを繰り返していた時、ふと思い出す声があった。
パーティー会場で、別れ際にジョンインが溢した一言。
「A、だいすき」
ジョンインだ。
ジョンインに、名前を呼んでほしい。Aって、あの優しい声で、
震える手でカトクを開いて、彼に電話を掛けた。
お願い。お願いだから出て。
「もしもーし」
間延びしたジョンインの声に、こらえていた涙があふれだした。
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作者名:tomchi | 作成日時:2024年3月6日 21時