Despair ページ16
次の日の朝。今日も今日とて大学に行くため準備していた私に、スマートフォンがうるさく着信を知らせる。発信者を見て顔をしかめつつも、仕方ない、と応答した。
「…おはようございます、先生。」
朝っぱらから電話をかけてきたのは、私が師事するヴァイオリニストであった。私が釜山からソウルに引っ越してきたのは、このヴァイオリニスト直々に私を指導したいとの申し出があったからである。
彼は国内外で認められたヴァイオリニストであり、韓国クラシック界の重鎮だ。彼から指導を受けたいと望む学生(もしくはその親)は非常に多いと聞く。彼から指導を受けられることは非常に幸運なのだろう。
「A、君はいつになったらレッスンに顔を出すんだ?お母様が亡くなったのは知っている。だがコンクールは待ってくれない。チャイコフスキーはどうするんだ。まだまだ未完成だろう。」
地を這うような男の声。
母が亡くなってから葬式や様々な手続きに追われた私は、一定期間レッスンには行かない旨を連絡していた。もう少し待ってくれると思っていたのに。そういえば彼はせっかちな性格であったと思い出した。
厳しい教師に教えられて伸びる生徒と、そうでない生徒がいる。私は前者であるとずっと思いこんでいたけれど、本当は後者なのではないか。震える手を見て、ぼんやりとそう思った。
「…まだ、先のことは考えられません。大学で授業を受けていますし、練習もできているので、技術的にはそこまで衰えていない、と、思います」
「大学に行けているなら私のレッスンにも来れるだろう。これから大事な時期なのは分かっているはずだ。必ず今日のレッスンにくること。いいな。」
私はそれきり音をたてなくなったスマホを見つめてから、のろのろと準備を再開した。
322人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:tomchi | 作成日時:2024年3月6日 21時