敵の影 ページ25
「……さて、と」
とんとんと書類を揃えてファイルにしまう。
それを通勤鞄に入れて立ち上がると、懐の端末が震えた。
「……もしもし？」
『もしもし、黒月？今大丈夫？』
「ああ。どうかしたのか」
電話を掛けてきたのは、俺の “表の仕事” での同僚。
その声は何処か沈んでいて、何かあったのかと勘繰ってしまう。
『……過去って、変えられるの？』
縋るような、微かに震える声。
その声が紡いだのは明らかに敵の思想だ。
信じたくない。あいつが、こんなことを言うなんて。
信じたくない。
信じられない。
でも、信じるしかない。本人が確かにそう言ったのだから。
それなら、俺は。
「……話なら聞くから、飲みに行くぞ」
新たな修正主義者の手先を生み出してはいけない。
近くの店で落ち合う約束をして、俺は職場を後にした。
……この後に降りかかる災厄の種に気づきもせずに。
＿＿＿＿＿＿
＿＿＿＿
＿＿
「＿＿それで？なんで急に過去を変えるだの変えないだの言い出したんだ？」
「えっと、その、ね……今日、年長組の仕事があったでしょ。その現場で海くんがプロデューサーさんに言われてたんだ。過去を変えられるとしたらどうするか、って」
「……海は、なんて？」
「何も。でも、本当に変えられるなら、って、迷ってるみたいだった」
月城がグラスを置く。
中の青色が揺れて、赤いチェリーが指先で摘み上げられた。
「……本当に過去が変えられたら、彼はどうするのかな」
果実を口に含んで種を俺の差し出したティッシュに吐き出す月城。
その瞳は憂いげで、何処と無く儚い。
海は、過去に初恋の相手を病で喪っている。
それを助けられると言われたのなら、揺れてしまうのも仕方ないだろう。
それでも。
「海がもしも過去を変えるなんてことをするなら、俺はあいつを止める」
「……どうして」
「過去を変えたら、プロセラもグラビもなくなるかもしれないんだぞ？出会うはずの人が出会わない。死なないはずの人が死ぬ。今こうやって笑っていられるはずの友人が、いなくなる」
月城は息を呑む。
からり、とグラスの中の氷が音を立てた。
「俺はあいつらをバラバラにしたくない。だから止める。一時の過ちだけであいつを苦しめるのは嫌だ」
「黒月…………僕にできることがあったら、言って。力になれるように頑張るから」
「……ん、ありがとうな」
小さくグラスを打ち合わせると、月城はふにゃりと笑った。
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作者名：澪 | 作成日時：2018年9月20日 15時
