=10 ページ32
ルイスは出かける際、Aに対しただ「出かけてくるね。いい子で待っているんだよ」と頭を撫で、どこに行くかは言わなかった。
Aもそのことについて尋ねたことがなかったし、それほど疑問に思いもしなかった。
ここで普通の者ならば『ルイスは仕事に行っている』という考えが浮かぶだろうが、残念ながら普通ではないAにはそんな考えが微塵も浮かばない。
そもそも貨幣の価値や社会の仕組みについてもまったくもって教えられていないので、仕事という単語についてもよく理解できていない。
彼女の知識は空想の世界の絵本と、ディアンから聞いたことしかないのだ。
さて話を元に戻し、ヴィクトリアに問いかけられたAはこくりと頷く。
「ええ、知ってるわ。それがどうかしたの?」
理由を尋ねておきながらも、なんとなくAはある期待を胸に抱いていた。
自身をこの屋敷から出さぬよう仕組んでいる父親が遠くに行けば、その隙に外に出られるかも知れない。
彼が帰ってくるまでに部屋に戻り平気な顔をしていれば、悟られることもなく夢にまで見た外の世界を堪能できる。
もしかしたら母親の問いかけはその手助けをしてくれるのではないか?
――といった具合であったが、Aはすぐにその期待の灯をふっと吹き消した。
そんなことあるわけない。
ヴィクトリアもディアンも、ルイスの命令は髪の毛1本入る間もないほど厳守していたからだ。
一家の大黒柱には逆らえないという利口な思考からか、はたまたルイスのあの冷酷な視線を浴びることを恐れているからか。
どちらにせよAにとって不利な理由である。
お母様は何をお考えなのかしら。
皮肉な笑みを浮かべてやがて聞こえてくる母親の声に耳を澄ましていると、Aの予想がぐるりと回転する回答が返ってきた。
「お父様のいない隙に、こっそりお外に出てみない?」
「……え?」
そのまさかだった。
「大丈夫よ。お父様が帰ってくるまでにお家に戻って、いつも通りに過ごしていればきっとばれないわ。ねえ?」
なんと、ヴィクトリアはAと全く同じ考えでいたのだ。
しかも賛同してくれて。
予想外のようで予想通りの前代未聞の答えにAは素っ頓狂な声を発するが、次第に自分の頬が見る見るうちに熱くなってくるのが分かる。
無論実の母親に恋慕したわけではない、決して。
そうではなくて、喜びとも興奮ともつかぬ、今まで抱いたことのないこの感情を抑え切れなかったのだ。
ふつふつと滾るこの心が。
5人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
白梅 和平(プロフ) - ccさん» コメントありがとうございます!第3章は特に内容が複雑なため書くのに苦労しているのですが、ちゃんと伝わっていると分かり安心しました。久々のコメントで嬉しかったです。更新頑張ります! (2018年4月8日 14時) (レス) id: 4fe8a6b6f6 (このIDを非表示/違反報告)
cc(プロフ) - 情景描写が繊細で、独特な世界観にすぐ引き込まれてしまいました。もっと評価されるべき作品だと思います。続き、楽しみにしています! (2018年4月7日 10時) (レス) id: 3524d9e2e8 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:白梅 和平 | 作成日時:2017年7月4日 21時