―9 ページ16
「――――ん?」
「どうしたの」
「お母さん、今、何か通らなかった?」
「通った…?いいえ、なんにも」
「嘘…僕、確かに何か見たんだけど」
エイ国の街に、黒い疾風が横切る。
それは目にも止まらぬ速さで道行く人々の間を吹き抜けていき、一点の青い光をぎらつかせていた。
歩いている人の顔を1つ1つ睨みつけ、建物の窓の向こうにも全て確認している。
やがて、疾風の前に大きな壁が立ちはだかった。
どうしようもなく立ち止まるかと思いきや、そのまま壁に沿って上へ上へと登りつめて、終いには壁の頂上まで登り切ってしまったではないか。
そして――長くすらっとした足を止めて、その姿を現す。
黒い疾風の正体は、Aの探索に精力を尽くす人型機械、ヘンリーであった。
彼の速さに落ちてくる雨が追いつかなかったのか、それとも走っている間に乾いていくのか。
杖とトランクは持っているが傘をささずにいたヘンリーは、今やっと雨に濡れ始めたが、そんなことはどうでも良い。
Aがいなくなった、それも、自分が目を離している隙に。
自身の失態に自然と歯をギリッと噛みしめながら、見下ろす限り続く街に目を凝らす。
目の裏側にある歯車が高速で回転しながら、光の屈折を細かく繋げてズーム機能を発動した。
数秒に1回のペースで行われている瞬きは停止させ、文字通り全力で街ゆく人々を見た。
その中でも茶髪、白い服、低身長、女の人間に絞って探索していく。
どこだ、どこにいる。
一刻も速く見つけねば、Aを。
意識しない内に脳内で言葉が作られていく。
こんなことになる前に何かできたはずだ。
睡眠薬を混ぜたり、窓に板を釘付けておくなり、Aの手足を縛っておくなり。
言葉だけではない、昔記録されたデータも…。
「H-823、お前の任務だ。
Aを傷つける者は全員殺せ」
「っ………」
バチリと思考回路を断ち切って、誰が見ているわけでもなく眉間に皺を寄せる。
嫌な記録を引き出してしまった。
無駄に鮮明に蘇った、相手の全てを見透かしたかのような低い声。
それが発せられた、赤黒く汚れた白衣を見に纏う体。
自身の足元で冷たい石床に横たわった、原形を留めていない2つの死体。
金属と血の鉄臭さとオイルの臭いが混じったあの部屋に、目を見開いて泣いているA、そして、彼女の父親がいた記録。
ヘンリーが初めて目に入れた光景だった。
Aの弟の目で見て、Aの母親の肌で感じて。
5人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
白梅 和平(プロフ) - ccさん» コメントありがとうございます!第3章は特に内容が複雑なため書くのに苦労しているのですが、ちゃんと伝わっていると分かり安心しました。久々のコメントで嬉しかったです。更新頑張ります! (2018年4月8日 14時) (レス) id: 4fe8a6b6f6 (このIDを非表示/違反報告)
cc(プロフ) - 情景描写が繊細で、独特な世界観にすぐ引き込まれてしまいました。もっと評価されるべき作品だと思います。続き、楽しみにしています! (2018年4月7日 10時) (レス) id: 3524d9e2e8 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:白梅 和平 | 作成日時:2017年7月4日 21時