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「っつ〜〜〜!」
久し振りに味わう痛みにヴィクトリアは悲鳴を押し殺しながら耐えた。
果物ナイフで指を浅く切ってしまったらしい。
切られた瞬間は何も感じないがその後すぐ襲ってくるこの嫌な感覚は、いつになっても慣れないものである。
すぐに小箱から絆創膏を探し出し、水で洗ってこれを貼る。
暫くは水仕事が苦になりそうだなと思いながらも、その顔は静かに微笑んでいた。
彼女は今、Aと一緒に食べるために簡単なランチを作っている。
メニューはシャキシャキと歯ごたえの良いレタスと卵、ハムをはさんだサンドイッチと、Aの大好きな甘いお菓子。
アップルパイである。
そのアップルパイを作るためにリンゴを切っていたわけだが、浮かれて手元が狂ってしまったのか先のような状況になる。
「外で食べると、食べ物はもっとおいしくなるの」
こうAに教えたときの顔といったら!
口をあんぐりと開けた間抜けな面で驚けば、ヴィクトリアはまた吹き出しそうになった。
当の本人はヴィクトリアの事情を知らず、現在1人で屋敷の外を心ゆくまで走り回っているもよう。
Aが食べているときのあのリスみたいな頬もまた可愛いのよね、なんてことも思い出しながらヴィクトリアはいそいそと、しかし丁寧に作業をこなしていく。
すると、玄関の扉が開いた音が聞こえた。
台所からすぐ近くなのでここからではよく分かる。
Aが遊び疲れたか、待ちきれなくて一旦帰ってきたのかしら。
棚からバスケットを取り出そうとしていたが、「A、どうしたの?」とくるりと振り返る。
それは彼女の真後ろにいた。
振り返ったヴィクトリアの鼻先が互いに当たりそうになるくらい、距離は0に等しい。
そいつがここにくるまで、ヴィクトリアは全く気がつかなかった。
予想もつかなかったのだ。
だってそれは、帰ってくるには早すぎる存在であったから。
「あなた…!?」
主人、ルイス。
ありえない。
彼は、もう屋敷から遠く離れた場所にいるはずなのに。
ヴィクトリアの驚愕をよそに、ルイスは無表情のまま淡々と尋ねる。
「Aはどこにいる?」
ヴィクトリアは返答に困った。
このまま正直に外にいると言ってはまずい、かといって嘘を吐くにもこの1度出してしまった動揺でたちまちばれてしまう。
急いで誤魔化そうときょろきょろと視線を泳がせていると、彼女はおかしな点を見つけた。
「あなた…ディアンは?一緒に行ったはずよね…?」
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白梅 和平(プロフ) - ccさん» コメントありがとうございます!第3章は特に内容が複雑なため書くのに苦労しているのですが、ちゃんと伝わっていると分かり安心しました。久々のコメントで嬉しかったです。更新頑張ります! (2018年4月8日 14時) (レス) id: 4fe8a6b6f6 (このIDを非表示/違反報告)
cc(プロフ) - 情景描写が繊細で、独特な世界観にすぐ引き込まれてしまいました。もっと評価されるべき作品だと思います。続き、楽しみにしています! (2018年4月7日 10時) (レス) id: 3524d9e2e8 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:白梅 和平 | 作成日時:2017年7月4日 21時