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先輩と僕が知り合った経緯を軽く話しておこうか。
あの日は、早く帰ろうとしていたところを担任に止められて雑用を任された日だった。
任された雑用をなるべく早く、ばれない程度に適当に終わらせたのに結構時間がかかってしまった。その証拠に日は傾いて教室がオレンジに染まっていた。急いで帰ろうと廊下を早足に歩いていた時、音楽室からピアノの音が聴こえてきた。
今日とは違う、悲しげで消えてしまいそうで、でもどこか惹きつけられるそんなメロディーだった。
誰が演奏しているのか気になって、自然と音楽室の方に歩き出していて。気付けば音楽室の前に立っていた。
そっと音楽室の中を覗き込んだとき、目に飛び込んできた光景に思わず息をのんだ。
ピアノを演奏していたのは髪の長い女子生徒で、リボンの色は1つ上の学年の色。
オレンジ色に染まった音楽室でピアノを奏でる彼女の姿に、目も、言葉も奪われた。それほどまでに綺麗な光景だった。
その光景に見惚れていると、彼女が僕の存在に気が付いた。
「誰?そこでなにしてるの?」
「あ、えっと...」
まさか話しかけられると思ってなかった僕は慌てて彼女の問いへの答えを探す。
「慌てなくてもいいのに」
そう言ってくすくすと笑う彼女。その姿にまた見惚れてしまう。
「人に名前を聞くなら自分から名乗らなきゃね。私はA。君は?」
「うらた、です」
「うらたくんかぁ。うん覚えた。今日はどうしてここに来たの?」
「たまたま、ピアノの音が聴こえたから気になって...」
先程までの悲しげで消えてしまいそうなメロディーを弾いていたとは思えないほど彼女は明るかった。
「あ、そのネクタイの色」
「あぁ、僕先輩の1つ下の学年ですよ」
「どうりで、見たことない顔だと思った」
そう言いながら先輩はまた手を鍵盤に戻して、そのままメロディーを奏で始めた。先ほどとは違う明るくて暖かいメロディーだった。
先輩は終始楽しそうに演奏していて、その姿をもっと見ていたくて。その日はそのまま最終下校時刻まで残って先輩のピアノを聴いた。
「明日も先輩のピアノ聴きに来てもいいですか?」
無為意識のうちに発してしまった言葉に、先輩は一瞬だけ驚いたような表情をしたけど、すぐに笑って、いつでもおいでと言ってくれた。
これが僕と先輩の出会いで、僕が放課後に音楽室に通うようになったきっかけだ。
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ほさと - とても感動しました。占ツクの歌い手様を扱った作品には珍しくしっかりと小説になっていて、一介の読書好きとしても嬉しかったです。どの作品もとても美しい比喩があり、音読したい作品だなぁと思いました。 (2019年7月14日 20時) (レス) id: fdc2472f82 (このIDを非表示/違反報告)
弓乃 - 皆様の素晴らしい文章に心が震えました。ありがとうございます。執筆お疲れ様でした。これからも頑張って下さい。 (2019年6月17日 16時) (レス) id: d99258de7b (このIDを非表示/違反報告)
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