TO BE WITH YOU (ページ34)

今日:8 hit、昨日:2 hit、合計:76,575 hit

３４ページ34

レンジで温めた冷凍うどんを、白だしの素で作った関西仕立てのつゆの鍋に入れる。
一煮立ちしたらネギを、その次に溶いた卵をふわっとさせるように入れる。

「わ、簡単！そんで美味そう」
「先輩、料理が苦手な人は、鍋から離れちゃダメですよ」
「ですよねー」

ダイニングテーブルの上には、櫻井先輩が買って持ってきてくれたであろう、薬や経口補水液や数秒でチャージできるゼリー飲料やバナナが雑然と置かれていて、それを避けるようにうどんの丼を置いた。

いただきます、ときちんと手を合わせてから、櫻井先輩はうどんを食べ始めた。

私はうどんの気分じゃなくて、先輩が買ってきてくれたゼリー飲料をちびちびと飲んでは休んだ。

「なんか、看病に来たのにごめんね」
「いえ、いいんです。風邪の時に一人だとなんだか落ち込むし、こんなにたくさん買ってきてもらって、とても助かりました」
「お母さんから彼氏ができたって聞いたけど、こういう時には来てくれないの？」

櫻井先輩が私を見ずに聞いて、またズルズルとうどんを啜った。

考えないようにしていたのに。
和君のこと。

「彼氏は、来ませんよ」

何てことない。笑え、私。

彼氏と呼べるような人なんて、最初からいない。ただそれだけだ。

会いたいけどね。
抱き締めて欲しい。
大丈夫？って心配されたい。

「ごちそうさま。すげー美味かった」

声を掛けられて、意識を戻す。
危ない。笑おうとしてたのに、また泣きそうになってた。

「いえ、こちらこそ」

櫻井先輩は、洗い物くらいは出来るよ、と言って、焦げた鍋や食器を全部綺麗に洗ってくれた。

帰り際。

「お邪魔しました。お大事にね」
「はい。ありがとうございます。助かりました」

靴を履き終わった先輩が、立ち上がって、私を真っ直ぐ見る。

「ねえ」
「ん？」
「今、幸せ？」

櫻井先輩の手が、私の首を撫でた。
おでこには冷えピタが貼ってあるから。
だから首に触れたのは、熱を確かめるために。

こんなシンプルな問いにも答えられない。
嘘でも幸せだって言えたらいいのに。

私が答えるのをしばらく待っていた先輩が、諦めたように私の首から手を離した。

「またね、Aちゃん」

子供の頃を、思い出す。
遊んだ帰りに、いつもまたねって言って別れた。

「またね、翔君」

翔君は眉を下げて笑って、帰って行った。