032号室 ページ33
-
「食べんで、ほんまによかったんですか?」
「いらない。家帰ったら残り物あるし」
「……めっちゃおいしかったのに」
もったいない、と呟いても、GENさんの表情はまったく変わらない。
まあ、この間連れてってくれたあの店も美味しかったし、きっとあそこのように美味しい美味しい焼肉屋さんも知ってるんだろう。
「……夜はじみーに暑いですねえ」
まだまだ生あたたかい、夜の風。
これじゃあこの頭を中心に支配するふらふらとした酔いは冷めてくれやしないなと思い、私はそう言う。
「わたし、夏きらいなんです」
「……俺も、嫌いだよ」
「お〜おなじじゃ、」
「俺じゃない男の前で、そうやって酔っちゃうAなんて」
「……え」
嫌い。
ぽつりと呟かれたその3文字は、たしかに私に向けられたものなのだろうが、ぽてん、と。
力なく地面に、落ちていった。
「……俺の時は、そんなんじゃなかったじゃん」
弱々しいGENさんの表情だけが、この目で唯一捉えられるもの、らしい。
「……すみません。つい、飲みすぎちゃいました」
「……相手が拓也だから?」
「……そう、かもしれへんけど、そうじゃないような気も、する」
「なんなの。はっきりしてよ、」
「……や、はっきり、って、言われても……いやまあ焼肉が美味しかったからかなあ、」
そんなGENさんを見て、そんなGENさんの話す言葉を聞いて、ああかわいいな、なんて思いながら飲みすぎてしまった理由を考えていると、
「わ、……」
とつぜん覚束無い足が、ふらりと宙を舞うようにさまよい始めた。
段差、が。
そう気づいた時にはもう遅くて、背中に背負ったリュックの重みによってぐらっと行きたい方向とは逆に、引っ張られる。
「……っぶないな、」
でも、心のどこかで思っていた。
「……ありがとう、GENさん」
「……A、そうやって名前呼べばいいと思ってるでしょ」
「いやいや、そんなん思ってない、……けど、」
あなたがそばに居るなら、きっと助けてくれるから、大丈夫だって。
「……っちょ、……な、に」
「ん、……ちょっと休憩」
そんなヒーローに、ふともっと近づきたくなったのも、そのがっちりとした肩に寄りかかってみたくなったのも、
「……もう、飲みすぎないでよ」
「……ん」
ぜんぶぜんぶ、お酒のせいなんだ、って。
-
107人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
ちわわ - 初めまして!もうめちゃくちゃ刺さりました…大好きすぎる作品です…!第2章のパスワードを教えていただいてもよろしいですか…? (2022年6月3日 2時) (レス) id: 8e9e78c35a (このIDを非表示/違反報告)
蓮 - 初めまして!とても素敵な作品ですね!続きが気になります!第2章のパスワードを教えていただけますか? (2021年3月26日 17時) (レス) id: ce4eaa6c55 (このIDを非表示/違反報告)
ヤマダマカロン(プロフ) - 第二章と片岡さんのお話のパスワードを教えてもらいたいです! (2020年10月10日 2時) (レス) id: 41c2841ae6 (このIDを非表示/違反報告)
Sn(プロフ) - はじめまして!素敵な作品で一気読みしちゃいました(TT)第2章も他の作品も是非読みたいです! (2020年3月6日 1時) (レス) id: 9a92e69ecf (このIDを非表示/違反報告)
巻 - 好きです、でした、、汗 (2020年2月14日 1時) (レス) id: bbe11dd873 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:ヨムヨム | 作成日時:2019年9月11日 12時