▲アネモネと君 (世微光 Vo.) ページ8
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今日は少し暑いな、と晴れた空を仰いでいると突然名前を呼ばれて振り返る。
その瞬間、懐かしいあの赤い花の匂いがした、気がした。
「……びっくりした」
「俺もや」
そこにいたのは、あの時とほとんど変わらない、それでも少し背筋をシャンと伸ばした、私がたしかに愛していた人。
顔を見ただけでたくさんの思い出が頭の中を駆け巡っていく、それがまぶしく感じるほどに私はこの人と長い年月を過ごした。
「こんな東京で会えるとか思ってへんかったなあ」
なんでもないようにそう言いながら近づいてきたくせに、しかし少し間を開けてから気まずそうに「声掛けてごめん」と言葉を続けた。
ああ、そうだった。
こういうところが大好きだった。
不器用なくせに、めんどくさがりなくせに、自分なりに他人を気遣おうとするところ。
「アホやな。別に謝らんでも。1人なん?」
「うん」
「じゃ、ちょっとお茶しよ。コーヒー飲みたくてしゃあなくてさあ」
「え、カフェオレから成長してるやん」
「ふふん。ブラックも飲めるで」
「まじかー。俺どっちも無理」
「相変わらずお子ちゃまかよ」
なんとなくお互いにもう新しい恋人がいるということは分かっていた。
その恋人を、心の底から愛していることも。
「今度は大事にしたってや?」
「うるさいなあ」
わかってるよ、と目をふせながらの少し小さめの声は、しかし力強いものでもあって。
「会計払っとくわ」
「えぇ、ありがとうなんか」
「いやちょっとくらい拒否しろや(笑)」
席を立って伝票を持って去っていく、その後ろ姿はまあ見送らない方がいいなと思い、もうぬるくなってしまった珈琲に口をつけた。
変わらないこと。
オレンジジュースをほんのちょびっとのみ残すところ。
変わったこと。
シックな革靴をかっこよく履きこなしていたこと。
あーいい恋だったなー我ながら、と私は1人、店内に流れる心地いいジャズを聴きながら、会いたくなってしまったあの人に電話をかけようとスマホを煽った。
《……もしもし》
ちょっと機嫌の悪そうなトーンの低い声と、ほんの少し騒がしい電話の奥の方。
ああなんやろ、なんとなくそんな気してたんよなあ、とそんな彼にはバレないよう静かに笑った。
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少し続きます。
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かか - ヨムヨム様、はじめましてかかと申します。前作から色々読ませていただきました!とてもドキドキする作品ばかりでした。健司さんの歳上彼女の小説が切なすぎて泣いてしまいました…とても好きです、、!健司さんのクリスマスデートのお話が読んでみたいです (2019年12月25日 1時) (レス) id: f7b225b8cd (このIDを非表示/違反報告)
みみ - また新しいやつ作ってくださいー! (2019年12月15日 11時) (レス) id: 9d378c9bf2 (このIDを非表示/違反報告)
ヨムヨム(プロフ) - のぞみさん» 三原兄弟板挟み…私も大好きなシチュですたまらないですよね……。ひっそり応援、こっそり感じておきますね!ありがとうございますー! (2019年9月16日 7時) (レス) id: cd469b8f7b (このIDを非表示/違反報告)
のぞみ(プロフ) - 好きなバンドばかりで軽率に好きです関西弁たまらん、、、三原兄弟板挟み増えて欲しいです!これからもひっそり応援してます、、、! (2019年9月15日 9時) (レス) id: 1c3d50932b (このIDを非表示/違反報告)
ヨムヨム(プロフ) - とろろのすけさん» どハマりしていただいているようでなによりです。感想読みながらまっしゅの面々を浮かべてニヤニヤしてしまいました。フレ三原弟のリクうけたわりましたー!少々お待ちを! (2019年9月3日 20時) (レス) id: cd469b8f7b (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ヨムヨム | 作成日時:2019年8月29日 22時