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「しげって呼んでええから」
それは、重岡くん本人ではなく
兄から発せられた言葉だった
「しげ…」
私がそう呟けば
「なに？」と前にいる彼が返事をする
特に抵抗はなさそうだ
「Aって呼んでええの？」
突然彼の声で発せられた自分の名前に少々ビクついたが
昨日から散々呼ばれていたことを思い出した
なにを今更驚いているのだろう
「もちろん」
私がそう言えば彼は歩き出してしまった
おそらく、帰るのだろう
彼が私の横を通り過ぎる時
流星には聞こえない、私にも聞こえるかわからないほどの声で
「おれ、朝はここにおるから」
そう言って去ってしまった
その言葉は、明日もここにきていいという意味だろうか
また会いたい
彼のことが知りたい
この島のことよりも
自分の涙のわけよりも
彼のことが、知りたい
「さ、帰ろか」
隣に立っていた流星は、そのまま来た道を引き返し始めていた
必死にその後に続く
やはり大きすぎる靴は歩きづらく
少しつまづきそうになりながら
歩幅の広い兄に必死についていく
が、距離はどんどん開いていくばかりだ
そんな私に気がつき
流星は振り返る
「あ、それ俺のやん
歩きづらいやろ」
そういうと、兄は私の前まで来て
背を向けてしゃがんだ
背負ってやる
そういうことだとは思うが
躊躇ってなかなかその背中に手を伸ばせなかった
「はよ
この体勢きついねん」
そう急かされれば、意を決して彼の背中に抱きつく
瞬時に体が軽くなり、見ている景色は先ほどよりずいぶんと高くなった
「なにお前、軽すぎひん？」
急にそんなことを言われれば、恥ずかしくなってしまうのも当たり前で
兄とは言えど、男性とこんなにも体を密着させるのは
父以外に初めてのことで
緊張してしまう
通り過ぎて行く道を見ながら
あれ、こんな道通ったっけ
などど考えていた
歩くのに必死すぎて周りを見ていなかったようだ
これは、兄が迎えに来てくれなければ絶対に帰れなかっただろうな
そんなことを考えながら
兄の温もりで重くなった瞼を閉じた
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作者名：民 | 作成日時：2018年10月7日 2時
