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私は震えてまだ上手く立てない。
「さて、あの携帯電話を持ち帰ろう。あれに思いが集まって良くない場所になっている」
「あ、あれが原因なんですね」
「俺が取ってくるから、Aは座っていてくれ」
「はい……ぜひ……」
有難い申し出に素直に従って、ホームに備え付けられている緑色のベンチへ腰掛けた。特に役に立ってはいないけれど、どっと疲れが出る。本当に怖かった。斬島さんがいなかったらどうなっていたことか。
にゃおん
「?」
ふーと息を吐いたのもつかの間、猫の鳴き声に意識がつられた。声のした方を見やれば、私の座るベンチの対岸の端っこに黒猫も同じように行儀よくお座りしている。
「え、野良猫?あ、でも首輪……」
「Aちゃん」
思わず傍らに置いた小刀を握り締める。私の聞き間違いでなければ、今たしかに黒猫が言葉を話した。私の名前を。
「Aちゃん、起きて」
「え……?」
かなり驚いたが先程のモヤたちのような悪い感じはしなかった。そのせいか気を弛めてしまう。見覚えのある、この黒猫に安心さえ覚えて、泣きたくなってしまう。
「はやく、はやく、はやく起きないと」
「なに?誰なの?」
「聞こえてるんでしょ?届いてるんでしょ?私が見えてるんでしょ?お願い、お願いお願いお願いお願い、思い出して、忘れないで」
切実な声音が無表情な黒猫の口から零れていく。受け止められないまま、ぼたぼた、ぼたぼた、って。
「早くしないと早くしないと早くしないと早くしないと早くしないと早くしないと」
「、!?ちょ、っと、」
「鬼がそこに来てる」
「A」
「!はいっ」
斬島さんの呼び掛けに反射で立ち上がった。振り向けば携帯電話を手にした斬島さんが、ぱちくりと目を瞬かせている。
「どうした?」
「え、あ」
ベンチには誰の姿もない。
何かの怪異にからかわれたのかな。様子のおかしい私を心配する斬島さんに、慌てて何事もないと告げれば彼もそれ以上は追求して来なかった。
「今日は疲れただろう、早く家へ帰ろう」
「(家……)」
なんだろう、表情に変化はあまりないけれど、優しい声音の斬島さんにやっぱり何か引っかかってどこかおかしくて。
「そうですね」
差し出された手を取ってしまえば、その違和感は曖昧に溶けて消える。あんなに怖い目に合ったのにもう次の瞬間には、今日のキリカさんの夕飯はなんだろうなんて。
「(でも、あの猫の声)」
どこかで聞いたことがあるような。
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眠い羊ちゃん(プロフ) - お久しぶりです!続き待っていました!😭ありがとうございます!!! (2023年1月26日 20時) (レス) @page14 id: 0bb018741b (このIDを非表示/違反報告)
千歳(プロフ) - sakiさん» こんにちは!前作よりお読みいただきありがとうございます…!そんな嬉しいお言葉…励みになります…!!どうぞ一緒に楽しんでいってください! (2022年2月2日 9時) (レス) id: c5af6075e0 (このIDを非表示/違反報告)
saki - 前作から読んでます!なんかもう……ずっと面白すぎて読み返してます……!更新、無理しない程度に頑張ってください! (2022年1月31日 1時) (レス) @page12 id: 0fd44e5e71 (このIDを非表示/違反報告)
千歳(プロフ) - hona816さん» 前作からお読みいただきありがとうございます・・!リアル忙しく更新お返事共に鈍レスで申し訳ございません。細々とやって参りますので、どうぞよろしくお願いいたします。 (2021年4月18日 20時) (レス) id: d22da3f209 (このIDを非表示/違反報告)
hona816(プロフ) - 前作も読みました!つい最近5話を読みましたけど、やっぱり面白いです!(語彙力喪失)これからも頑張ってください! (2021年1月12日 19時) (レス) id: b73c4cc110 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:千歳 | 作成日時:2020年7月26日 4時