イクトゥス・ko ページ1
「…集中しなよ…」
「へへへ」
「…もう!」
隣の席の航平君は楽しそうにその白い足をばたつかせる。退屈な古文の授業の直前に席をくっつけることにしたのは彼が原因。教科書ノート文法書と古文の授業に必要な全てを忘れた君は自分の目の前に一枚のルーズリーフと筆箱だけを取り出して先生の話を聞いている。繋いだ机の真ん中に土佐日記のページを開く。目があったことで、昼休み明けで眠い目が一瞬で開いた。
「寝てた?」
「寝てない」
「うそだあ、目ぇこんなんなってる」
「うそ!」
「うそ。バレた?」
「ちょっと!」
ひひ、と頬をあげた彼はまたルーズリーフに目を向ける。板書以外も書き留めることで黒くなったその紙は、授業開始のチャイムと同時に私があげたもの。その横顔をじっと見つめていると、航平君はペンを回しながら頬をつきこちらを向いた。
「なに、退屈?」
「うん」
「構ってあげようか」
「ううん。黒板移すので忙しいの」
「そっか」
鼻筋から目を離して自分のノートと向き合う。横から伸びてきた手からの授業妨害を無視していると、ぶすくれたのが雰囲気で分かった。ふぅん、構ってくれないんだ。そんな言葉と共に最後の悪あがきか、弧を描く曲線一本だけをノートの右上に残して。気になって航平君と目を合わせると、漸くこっち向いたね、とその目も同じような弧を描いた。黙って曲線を付け足す。交差した二本の弧を見た航平君は満足そうに頷いた。
「これで共犯だね」
「共犯というより同宗派よ」
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作者名:狭 | 作成日時:2021年9月10日 0時