1096 【花巻貴大】 (ページ7)

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初めてキスをしたのは、夏の暑い日。

高校1年生の時、俺とAは驚いたことに同じクラスで、いつの間にかクラス公認のカップルになってしまっていた。といっても、学校でベタベタすることはほとんどなくて、あっても休み時間に少し喋るとかその程度で、触れるなんてことはほとんどなかった。

「……たかひろ、」

そう、夏の暑い日。夏補習とかいうやつが終わったあとだ。月曜日だったから、部活は無し。人のまばらになった教室で、夏服のシャツの裾をくいくい、と遠慮がちに引かれて呼び止められた。

「ん？一緒に帰る？」

月曜日に一緒に帰るのはいつもの事なのに、と首をかしげた俺に、彼女はちがうの、とかぶりを振って言った。

「勉強、教えて欲しくて」

あの時のAはお世辞にも勉強が得意とは言えなくて、課題とかテスト勉強とかにも色々悩まされていた。根は真面目だったから、悩んだ分だけちゃんと結果は返ってきたのだろうか、俺は高校3年間でAが赤点をとったとは聞いたことがなかった。
ひとつの机を二人で挟んで、すっかり空になった二人きりの教室に、俺達の声とシャーペンの音だけが響く。

「――ここ？」
「そう、どうしてここでこれが出てくるの？」
「余弦定理の逆」
「……！」

多分、要領が悪いだけ。そう思っているから、彼女に勉強を教えるのは苦じゃなくて。むしろ彼女はキラキラした目で俺の解説を聞いてくれるし、スッキリしたら、

「ありがとう、貴大」

そう言って笑うから。
二人きりの教室、窓越しに微かに聞こえる蝉の声、窓から入り込む照りつける日差し。日常なのに、日常から切り取られて非日常になったみたい――俺たち二人だけの世界になったみたいな、そんな気がして、つい彼女の頬に手を伸ばして、

「……A、」
「え、？」

椅子から少しだけ腰を浮かして、唇にそっと触れた。
俺の手入れゼロでカサカサの唇とは対照的に、Aのそれはきちんと手入れされてるのか、ふわふわのぷるぷる。Aの驚いた顔は、すぐに真っ赤に染まる。

「たたた、たか、」
「……すき」
「あ、う、それは……わたしも、そうだけど……」

手で顔を覆うように照れる彼女が可愛くて、あまりに愛おしいものだから。

「ね、A、もう一回」

驚き、躊躇い、戸惑い、目を伏せ……小さく頷き目を閉じたAに、そっともう1度キス。

「たかひろ、すき」

蕩けたような彼女の声と甘い雰囲気に、あの時の俺は完全に夢心地だった。