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ぽかんとしている僕を尻目に、Aさんは平然としている。
……この言葉に、特に意味はない?
いや、そうとはどうしても思えなかった。
「えっと、それって…どういう、意味ですか?」
「……たとえ話をしましょうか」
どこか失念したように彼女はそういう。
そう見えるのは、アイマスクをしていて目から感情の起伏を読み取れないからだろうか。
それとも、最初から少しも変わっていないこの表情のせいだろうか。
「結構有名なたとえ話にすると……。相川さんは、“トロッコ問題”を知っていますか?」
「はい、一応」
トロッコ問題。
どこかの小説にのっていたか、勉強したか、自分で調べたかは忘れたけれど、確かに知っている。
トロッコが走っていて、そのままだと五人の人を轢いてしまう。
あなたはレバーを使ってトロッコの進行方向を変えることができるが、変えたらまた違う一人の人を轢いてしまう。
その場合、あなたはレバーを使う? 使わない?
大まかにまとめると、こんな感じだ。
「私がレバーを使える人だったとしましょう。そして今回の場合、“目撃者”を作りましょうか」
「目撃者?」
「その名の通り、トロッコが進むのを眺めているだけの人です」
目撃者。
わざわざ作ったくらいだから、必要なのだろう。
「そして私がレバーを使ったら、五人を助けることができます。しかし、その場合“目撃者”に私は非難されるでしょう」
なぜ非難されなければならないのか。
そう思ったが、黙っておいた。まだ、続きがあるような気がしたからだ。
「しかしレバーを使わずにじっとしているのは、私の精神的に無理なんです」
どちらをとっても痛み分け。
なら、彼女はどちらを選ぶのか。
「……私の場合、どちらも選べません」
「え……?」
「だから“見なかったフリ”をするんです。自分を騙すんです。…そしたら、精神的な痛みはありませんから」
確かにそうかもしれない。
自分は関係ない。そう暗示をかければ、精神的な痛みは少ないはずだ。
「けど、その場合五人の人が犠牲になりますよ……?」
「……トロッコが走る線路に落ちた、あいつが悪いんです」
“あいつ”。
それは、彼女しか知らない特定の人物を指しているように聞こえた。
「これがさっきの言葉の意味です。わかってもらえましたか?」
いや、全然わかりません。
けれど、なぜか口に出せなかった。
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ちょこ - とてもよかったです!その後話が欲しい! (2022年12月8日 19時) (レス) @page23 id: 5ad0b4ef6a (このIDを非表示/違反報告)
千々(プロフ) - おパンツドラゴンさん» ありがとうございます! 小説家を目指しているのでそう言っていただけるのはとても嬉しいです! 応援ありがとうございました! (2020年7月6日 18時) (レス) id: a6aff5c4e4 (このIDを非表示/違反報告)
おパンツドラゴン - 千々さん» もう小説家になってもいいぐらいお話作るの上手ですよ!今回もとても良かったです! (2020年7月5日 20時) (レス) id: 981305fe40 (このIDを非表示/違反報告)
千々(プロフ) - haru☆さん» 感動ものになってたかめちゃ不安だったけど、そう言ってもらえて嬉しい! 曲は組み込みたくなっちゃうんだよねぇ〜これもリスナーの性() (2020年7月5日 11時) (レス) id: df88b28f21 (このIDを非表示/違反報告)
千々(プロフ) - 杠葉#さん» 完結ようやくしたよ〜! なんか尺が毎回延びまくって完結できるか不安になるの(笑) 素敵なのは透椛ちゃんかな!!! (2020年7月5日 11時) (レス) id: df88b28f21 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:千々 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/tidierika2/
作成日時:2020年6月16日 17時