もうひとつ ページ37
スタジアムへと向かう時間になってもヒロトは部屋から出ようとしない。
「お前、行かない気か？決勝戦だぞ」
「…」
灰崎は喧嘩にならない程度に声をかけるも、返事すら帰ってこない。
｢お前が来なかったこと知ったら、アイツ悲しむだろ。自分のせいだ、とか言い出したらどうする｣
｢俺の勝手だ…｣
灰崎は｢そうかよ｣と言って部屋を出た。
｢分かんねえんだよ、今の俺の気持ちなんて…｣
誰もいない部屋で呟くも、それを聞いた者は誰もいない。
Aが倒れた日。
酸素マスクをつけ、点滴を受けながら眠っていたAは唐突に目を覚ました。
目を開けると全く知らない場所で軽く身体が跳ねる。それに気づいたのか、声をかける人物が。
｢調子はどうですか？｣
その声の主は趙金雲。
酸素マスクで声はあまり聞こえないものも、言いたいことを察した監督。
｢過換気症候群、いわゆる過呼吸です。今日Aさんはかなり練習しましたよね？その過度な動きによってダメージを受け、過呼吸となってしまいました。
Aさんは体力が通常並なので、体が持たなかったのでしょう｣
『すみ…ません…』
微かに聞こえた声。
｢そして、非常に残念ですが、Aさんは明日の決勝戦に出ることができないのです｣
Aは目を見開いて驚く。
『会…に…く…け、で、も…』
“会場に行くだけでも”そう言う。
｢そうしたいのですが、実は過呼吸だけではありません…。
右足だけが麻痺しているんです｣
“どういうことですか？”
｢過呼吸に陥ったあと、右足の痺れが確認されました。
過換気症候群は過呼吸だけでなく、手足の痺れが生じたりするものです。今日、明日は病院で安静にしてほしいとのことです。
…従って、決勝戦に出ることも、会場に行くこともできなくなってしまいました｣
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