白丁花の花束を君へ(後)

暗さに紛れた赤い頰 ページ23

「はい、そこまで」
「帰宅途中でのイチャイチャ禁止ー」

抑えきれない思いを唇に乗せて、Aさんに触れようとしたその時を見計らっていたかのようなふたつの声は、チームメイトであり、Aさんと同じく寮生のふたりで。

「何だよ！ごゆっくりって言ったじゃん！」
「いや、祐希がAを襲ってるんじゃないかって心配で」
「ほら、祐希すぐムラムラしちゃうでしょ？」
「しないから！全然しない！」
「え？しないの？それってAに色気が無いってこと？」

突然話を振られて驚いたAさんに慌てて向き直り。

「ち、違うから！ムラムラするから！Aさんには俺、すごいムラムラする！」
「大声でのムラムラ宣言！」
「祐希、Aが本気で困ってるから！」

ゲラゲラと腹を抱えて笑うふたり。
真っ赤になったAさんの顔を見て、そうじゃなくて！違くて！と弁明してもうまく届かず。


星の無い空に、彷徨う思い。
触れたくて、でも、あまりに彼女は繊細で綺麗で、壊してしまったら、なんて思うと怖くて。
思うほどに愛おしくて、衝動的に押し倒して思い切り愛おしさをぶつけてしまえたらどんなに良いだろう。
だけど、そんなのできっこない。
指先ひとつ触れただけで、この胸は甘く高鳴るんだから。

何より、いざ、触れたいと思ってもこいつらにいつも邪魔されてばかりだし…。
ああもう！と足元の小石をつん、とつま先で弾いた。

「祐希、じゃあ、俺ら先行くね」
「変なことすんなよ、エロキャプテン」
「しないよ！もう、早く行けよ」

Aさんと並んで、ふたりの背中を見送った。
寮までなんて、ほんと少し。
すぐに終わってしまう、彼女とふたりきりの距離に寂しさを感じながらゆるりと歩き出した。

「あの、さ、私、国体観に行ってもいいかな…？準決勝と、決勝」
「いいけど、平日だし、東京だよ！？」
「その日、東京の病院でリハビリする事になってて…」

その日に合わせたんだけど、本当は、と言った彼女が可愛くて。

「来てくれるなら、嬉しい…です」

良かった、と笑う彼女の横顔を寮の玄関の明かりが照らした。
ああ、もう、さよならの時間。
名残り惜しいな、と思う俺に、Aさんがそっと耳打ち。

「エロキャプテンでも、嫌いにならないよ」

冗談のつもりで、からかうように言ったみたいだけど、破壊力は抜群で。
もういっそここで、なんて思う気持ちをどうにか抑えて、バイバイ、と寮内に入っていく彼女を真っ赤な顔で見送った。

エース→←唇に触れる一瞬前

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