白丁花の花束を君へ(後)

秋の夜長に ページ14

返事は急がないだとか、待つよなんて言っていたくせに、結局いつも我慢できなくて好きの気持ちを一方的に押し付けてばかり。
今日だって、Aさんの了解も得ずに、衝動的に抱き締めた。


ただいま、と玄関に入る。
雨と泥で少し汚れた制服を見た母さんは、明日クリーニングに出さなきゃね、と言った。
夕飯を食べて、風呂に入って。
長風呂が好きなのに今日はすぐ○○ぼせてしまいそうで、温まる程度で風呂を上がった。
ずいぶん昔から日課になっているストレッチをこなして、生乾きの髪のままベッドに寝転んだ。

Aさんを抱き締めた感触が全然消えてくれないから、いつまで経っても鼓動の高まりが収まらない。
何気なく手にした枕をぎゅっと抱いてみても、感触も匂いも全部違って、余計に胸が苦しくなった。

明日、どんな顔してあの子に会ったらいいのだろう。
堪え性のない俺に呆れていないだろうか、抱きつかれて怖いと感じさせてしまっていたら、どうしよう。
だけど、押してダメなら引いてみるとか、そんな駆け引きひとつうまくできない。
Aさんを目の前にすれば結局いつも好きな気持ちが溢れて止まらないから。


眠りにつこうと暗くした部屋の中で、スマホの画面がぼんやり光った。
新着LINE１件。



AA今日もありがとう。制服、汚してしまってたら、ごめん


俺は我儘だから、文字だけじゃなくて声も聞きたくなって。

送信された時間は１０分前。
まだ、起きてるよな、きっと。
そう思ったら、戸惑いがちにゆっくりと、だけどしっかりとした意志を持って通話ボタンを押した。

次のコールで出なかったら切ろう、いややっぱりもうひとつ待とう、なんて女々しくもいくつもコール音をやり過ごす。
だから、少し慌て気味の声で電話の向こう、もしもし、と聞こえた時には思わずびくりと肩を揺らした。

「ごめん、忙しかった？」
「ん、ううん、全然。ちょっと、バタバタしてたけど、もう平気。あの、ごめんね。制服…」

Aさんを抱き締めた感触がまた腕に蘇ってきて、少し頰が紅潮してしまう。
電話の向こうの彼女にはその色は伝わらないけど。

「そんなん、全然。そっちこそ」
「私は、ジャージ登校」
「俺も」

そうだよね、ごめん、としょげる君と反対に、それはまるでふたりだけの秘密みたいな気がして俺は少し嬉しく感じてしまっている。

少し話しておやすみを言い合う。
それだけで、今夜は凄く良く眠れる気がした。

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