【d!】春雷の喝采を【演劇部企画前編】 (ページ25)

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昵懇、世界に染まりたいが故にページ25

「Aさん、またキャスト断ったん？」
「……エーミール先輩」
「今回の主役、折角似合うのにもったいないですよ」
「いいんですよ。あの先輩は私とキスシーンをしたいだけなんです」
「あぁ……相手役、大先生でしたか」

茜色がこの図書室の空間を満たす。時刻は夕方四時を過ぎた。今日は末期テスト週間で部活もない。昼過ぎにテストは終わり、下校時刻となった。そんな今、人は教室にはおろか、校内にだって殆ど残ってないだろう。
私達演劇部としてはこの期間に、次回の劇に向けてテストでいい点を取ることがメイン。
その空間の中に、私と一年上のエーミール先輩がいる。今は、私達二人だけ。
私達は同じ演劇部に所属している。私は役者希望で入部したが、一度も舞台に立ったことは無い。
それには理由があった。

「んで、エーミール先輩はいつになったら脚本書くんですか」
「……脚本は、書きませんよ」
「じゃあ私も役者として舞台には立ちません」
「……もう。Aさんはなんでそう固執するんかね」

私の書く物語は、どれもありきたりなのに。

エーミール先輩はそう言うけれど、そんなことはない。断言出来る。
エーミール先輩の書いた脚本を読んだことがある。その舞台を、観たことがある。
それは私がこの高校に入学を決めるきっかけの舞台。
物語は結構難しめだったけど、個々のキャラクターが生かされていて、所々コミカルも混ぜられてて、キャラクターそれぞれの人生が描かれていて。それらがキラキラと輝いていて。
あぁ、この人の書く舞台を演じてみたい。この人の世界の一部になりたい。そう思った。

なのに。
入学して演劇部に入ってみたら、エーミール先輩はスランプを理由に脚本を書くことを辞めてしまっていた。今は照明として裏方を務めている。
私はそれが気に入らなくて、エーミール先輩の書いた脚本じゃないと出たくないと駄々をこね、演技練習には参加をするものの、主役……名前のある登場人物には絶対ならないようにしている。下手したら、キャストを辞退することも。
先輩たちには怪訝な目で見られていることだろう。なんなら同級生の部活仲間にも、「選りすぐりしやがって」と心の内では見られているに違いない。
それでも私が立ちたい舞台は、エーミール先輩の書く世界なのだ。