【アイナナ】雨上がり、手を伸ばせば。 (ページ12)

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棗巳波ページ12

『おはようございます！本日は宜しくお願いします！』

撮影現場に入り、スタッフに挨拶をする。
あちこちで「雨ちゃんよろしくね～」、「今日も元気だね！」といった声が聞こえる。
その声に返事をしてから、共演者の所へ一人一人挨拶に行く。

今日はドラマの撮影。
家族モノのドラマで、私は中心になる一家の兄妹の妹役。
明るくて照れ屋で寂しがりの女の子を演じる。

母親役、父親役、祖父、祖母役の人と挨拶を交わす。
少し雑談も交えながら、どんな人たちなのか探る。
一番母親役の女優さんがめんどくさそうな性格をしていた。
機嫌を損ねないようにしなければいけない。

あとは私の兄役の子役だけだ。
きょろっと見回して探していると、相手の方から声をかけられた。

「初めまして、棗巳波と申します。柊雨さんですよね？」

『はい、そうです。棗さん、本日は宜しくお願いします！』

笑ってそう返すと、ニコっと棗さんも微笑む。

「雨さんって、いつもニコニコしてますよね。忙しそうなのに大変じゃありませんか？」

挨拶だけで終わるかと思ったら、質問が飛んできた。
そう言う棗さんもニコニコ笑ったままだ。

『忙しいですけど、楽しいので！大変だと思ったことは無いです！』

笑ってそう返すと、棗さんの笑顔が少し消えた。

「…さすが、模範通りの返答ですね。」

『え？』

「長い撮影になるかもしれませんけど、頑張りましょうね！じゃあまた。」

棗さんは笑顔でそう言って、ほかの共演者の所に挨拶に行ってしまう。

"模範通りの返答"

棗さんが小さくそう呟くのが聞こえた。
でも、あの質問にはさっきの答えで良かったはずだ。

考えていると私を呼ぶスタッフの声が聞こえた。
慌てて顔を上げてそちらへ向かう。

視界の隅に三好さんの顔が見えた。
怪訝そうな顔で私を見ている。

あ、まずい。

さっき一瞬表情が崩れたの、たぶん見られてたな。

柊雨は、常に完璧を求められている。
だから私はその完璧を一瞬たりとも崩してはいけない。

そう三好さんに教えられた。
出来ないのならば、出来るまでやらされる。
最近はミスしようものなら、手を上げられる。

おかげで治りかかってた体の痣も、増えていく一方だった。

棗巳波さん。

私の中のめんどくさそうな人ランキングが更新された。