＊第１５９話＊ 母 ページ36
例えば、そこには誰一人として自分を覚えていない世界があって、
誰の記憶にも残らない、突然の孤独にほおり出されたとして、
こんなにも神に感謝し、心から安堵する私はやっぱりおかしいのだろうか。
でも、仕方のないことだと思ってしまう。
だって……私の存在が消えることで、傷つかずにすむものがあるのだから。
、
そんなふうに考えることができるようになった頃、1人で街を歩いてみた。
やっぱり暖かく、賑わうこの国は……昔から、変わらない。
私という存在がなくても、歩み続けている。
それがとても心強く、
とても心寂しかった。
「お嬢さん……」
そんな感情に浸っていると、1人のお婆さんが声をかけてきた。
「あなた…綺麗な髪してるわね」
その言葉が、自分の髪のことを言っているのだと気づくのに少し時間がかかった。
そりゃ、3ヶ月くらいろくに話してないのだから仕方ない。
「……この髪が、ですか？」
少しの間のあと、そう聞き返した。
気味の悪いものを見る人々の視線を、思い出すとどうしてもそう思えなかった。
しかし、
「ええ…とても綺麗な髪」
そんな髪を綺麗だと笑うお婆さんに、私の目から涙が溢れた。
不幸だらけの髪だったが、
私にとっては唯一残った……家族との繋がりの証。
『綺麗だ』と、その言葉がどれほどの救いか……。
お婆さんは、ぽろぽろと涙が止まらないわたしに、
『大丈夫』と、何度も何度も繰り返しながら頭を撫でた。
それはとても温かく、懐かしい感触だった。
やっと涙も止まり鼻をすすっていると、ふふっ…とお婆さんが笑う。
「泣きたい時は泣いて、楽しい時は笑う。
言いたいことは口にして、やりたいことは行動に移す。
……そのくらい、素直になりなさい」
まるで、誰も覚えていない私のことを見てきたかのような言葉。
私がそれに驚いている間にお婆さんは人混みの中へと進んでいく。
そして、その姿が紛れていくさなか、
、
「わたしは、いつまでも貴女を見守っていますからね」
とても懐かしい声だけを残していった。
もう二度と会うことのないお婆さんに向けて、深く頭を下げる。
さっき止まったばかりの涙はまた流れ始めてしまっていた。
……神様、会わせてくれてありがとう。
そして、
、
「ありがとう………母様」
、
街の賑わう声が、温かい。
わたしには守りたい物がまだ残っている。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 231人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
てる(プロフ) - 響さん» 響さん！コメント毎回ありがとうございます！すごく励みになっております！駄作な文章ですが楽しんでいただけてなによりです！ありがとうございます！ (2018年12月11日 23時) (
レス) id: 1a0e49df6a (このIDを非表示/違反報告)
響(プロフ) - 診療所へようこそ、から来ました。てるさんの作品すごく好きです、、、つい一気読みしてしまいました！！切なくて、でも最後はハッピーエンドですごく素敵な作品でした、ありがとうございます…！！！！ (2018年12月10日 22時) (レス) id: 3701a0a282 (このIDを非表示/違反報告)
てる(プロフ) - 肴さん» そう言っていただきとても嬉しいです！ありがとうございます！ (2018年6月10日 12時) (レス) id: 1a0e49df6a (このIDを非表示/違反報告)
肴(プロフ) - 最初からすごく好きでずっと読んでました！！！事情によりコメントも投票もお気に入り追加もできなかったですが本当に感動しました！！ (2018年6月8日 19時) (レス) id: b8d7cc9c7d (このIDを非表示/違反報告)
てる(プロフ) - anao10さん» 長々と続いてしまったのに、最後までありがとうございました！読んでくださる方が居てくれるからこそ、とても楽しく書くことが出来ました！あまり納得できない最終話だったので、後日談書くかも知れません(笑)その時はまた読みに来てください〜 (2018年4月3日 20時) (レス) id: 1a0e49df6a (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：てる | 作成日時：2016年11月2日 21時
