174話 不二周助の欲心5 ページ38
『お疲れ様です。朝は急に連絡してすみませんでした。練習は予定より少し短くなって3時頃解散予定です。朝は急いで連絡しちゃったんですけど、私は待ち合わせとかはそのままで大丈夫です。先輩もそれでいいですか?』
内容を見て、強ばっていた体から少し力が抜けた。Aも話がしたいと思ってくれているのだ。
いつものAの文面に安堵していると、ふと右側から視線を感じ、裕太が居ることを思い出した。
つい無言になってしまったので、謝ろうと口を開きかけたところで、裕太が訝しげな口調で遮った。
裕「A?」
友人たちが『彼女か』とからかってくるような、軽い口調ではなかった。表情は僅かに眉を寄せ、不思議そうに僕を見ていた。
その様子の理由がわからず、僕は力なく「そうだけど……」と返す。
すると裕太はますます首を傾げて、「本当に?」と聞いてきた。
不「どうしたの裕太」
裕太の真意が分からずそう問いかけると、裕太の表情が途端に拗ねたようになる。
裕「どうしたは兄貴のほうだろ」
語尾を強くして、責めるように言う。
そう言われても、僕には裕太が何をもって、何を疑っているのかが分からない。曖昧に微笑むと、裕太は言葉端に苛立ちを見せた。
裕「Aからのメッセージで、何でそんなしんどそうにしてんだよ」
荒い口調の中に混ざる、心配と優しさ。裕太の言葉で、僕は目が覚めたような気持ちがした。
考えてみれば、A関連のことでマイナスの感情を持つことなどほとんどなかった。それこそ、告白したあの時の僅かな後悔と、同じ気持ちではなかったらという不安。思い当たるのはその出来事くらいで、思い返した事実だけで、僕はどれだけAに甘えていたのかと自嘲する。
無意識に唇の端が上がったことに、裕太がより眉間のしわを濃くした。
裕「なんだよ。……え、まさか」
不「大丈夫、別れてないよ」
裕太の言葉を遮ると、目に見えて裕太の肩が下がる。しかし直ぐに、「じゃあなんで」と疑問をぶつけてきた。
この真っ直ぐさに、Aを重ねてしまう。
裕「喧嘩したのか?」
喧嘩とも言い切れない今の微妙な現状を言い表す言葉が見つからず、僕は昨日の佐伯に対して発した言葉と同じような、曖昧な返答をした。
不「どうなんだろう……」
視線を落としてつぶやくと、裕太がはっ、と鼻を鳴らした。
裕「兄貴は人と喧嘩なんかしたことないもんな。いつも飄々としてて、イライラするのは相手だ」
239人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:葉奈 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/hana1/
作成日時:2022年8月26日 17時