168話 跡部景吾の決意5 ページ32
貴「そもそもいらないって言ってるのに」
跡「それじゃあ俺様の気がすまねえだろうが」
貴「あーはいはい。だからそれでお願いしまーす」
諦めたように、Aが語尾を伸ばして少し頭を下げる。
言い方と態度が癪だったが、こいつなりに出した答えに僅かながらも満足し、俺は首を縦に振った。
すると、会話は終わったとばかりに、Aが「じゃあまた」と立ち去ろうとする。
横顔が髪に隠れ、表情が見えなくなる。
Aの顔が完全に向こうを向いたのを見て、俺は咄嗟にAの手首を掴んだ。
肩をビクリと跳ねさせて、いぶかしげにAが振り返る。
今の一瞬で唇が乾いていた。
俺は気づかれないようにそこを湿らせて、感情を押しころして問いかけた。
跡「弓巻き、選ぶのについて行ってやる」
俺の言葉に、Aは一瞬呆然として、我に返って「ああ!」と納得する。
貴「確かにそれはそうですね」
Aはそう頷くと「私が合わせるので、いつでも連絡してください」と言って、大きく歯をこぼして満面の笑みを見せた。
その瞬間、心臓から喉元まで絞り上げられるように苦しくなる。無意識に、手首を掴んだ右手が、Aの首筋から頬に伸びていた。
Aの笑みがゆっくりと問いかけに変わって、大きな目を丸くする。
親指が唇に触れそうになった時、俺の右手が弾かれ、かわりにAの肩に置かれる、細く、でも確かに節くれだった手のひら。
貴「えっ……不二先輩?!」
Aの声がひっくり返って響く。
不二はAに微笑んでみせて、その視線を俺に移した。
試合の時とも違う好戦的な瞳が、俺を睨みつける。
不「跡部」
俺の名前を呼ぶ声は、いつもと同じのようで、しかし端々に威圧感を持ち、苛立ちを感じさせた。
不「それはダメだよね」
「分かってるでしょう」と、言外に自覚を促されて、俺は息をついて姿勢を直した。
跡「はっ! 不二! 何だかんだ、余裕はねえようだな」
煽るつもりのひと言に不二が笑い、先程の雰囲気をまるでなかったようにして答える。
不「余裕なんていつだってないよ」
Aの肩から手を離し、この場を離れるのを促すように背を押した。
Aが戸惑いながら不二の手に従う。俺に僅かに頭を下げて、足を踏み出した。
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作者名:葉奈 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/hana1/
作成日時:2022年8月26日 17時