182話 欲と熱 ページ46
私には経験がないからわからない。ゲームだのアニメだの小説だの、2次元での経験は腐るほどあるが、全く現実には役に立たない。
まあ経験がないのは先輩もだとは思うが。
ちらりと先輩を覗き見ると案の定、先輩も首を捻っていた。
不「さあ。僕も初めてだから、分からないよ」
そう言って、不二先輩が少しだけはにかむ。
不「お互い初めてだらけだ。だから、僕達なりのやり方で、ゆっくり進んでいこう」
貴「はい」
不「って、思ってたんだけど」
貴「はい？」
数秒前までの穏やかさが嘘のように不穏な流れになってきた。現実から目を背けるように、頭の中に『流れ変わったな』のコメントが流れていく。
不「一昨日のを見たら、少し欲が出てきてね」
一変、先輩の表情がいたずらに染まった。
不「……わがままを言ってもいいかい？」
質問のはずなのに、有無を言わさない先輩の視線と声音。私はこっそり後ろに体を引くが、その倍の距離を詰められる。
後ろに手をつくと、もう背後のベンチは終わりを告げていて、私が立ち上がろうと足に力を込めようとした時、先輩が私の退路を塞ぐように、足の横と背もたれに手を置いた。
不「キスがしたい」
縋るような視線に勢いよく顔を逸らす。両手で顔を覆い、息をつまらせながら、絞り出すように言った。
貴「っ…………し、知らん……」
出てきたのは誤魔化すような情けない言葉だったが、目の前の先輩がクスッと笑う気配がする。
先輩が私の両手を取る。力を込めて抵抗するが、年々その差は増すばかりで、私はあえなく羞恥を晒すことになった。
顔面が先輩に晒された瞬間にギュッと目を瞑って顎を引いた。先輩がふっと笑う声がして、不意に気配が近づく。
思わず唇を噛み締めると、そこにそっと、柔らかい何かが触れた。それは数秒間、熱を孕んでいた。永遠に思えるような長く短い時間がたち、名残惜しそうに熱が離れていく。
不「かわいい」
貴「ころしてくれ……」
瀕死の私は潰れた声で懇願するが、先輩の微笑む声は反して弾んでいて、私は余計に顔を伏せた。
不「ふふっ。ダメだよ。もう1回、今度はちゃんと目を開けて」
貴「おわりだよ！」
不「まだ始まったばかりだろう」
貴「何キッズリターンネタ捩ってんすか！」
不二先輩が声を上げて楽しそうに笑う。その朗らかな顔を見て、こんな照れくささも悪くないと、私もつられるように笑い返した。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 239人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：葉奈 | 作者ホームページ：http://uranai.nosv.org/u.php/hp/hana1/
作成日時：2022年8月26日 17時
