179話 不二周助の欲心10 ページ43
「やあ」
跡部は声をかけた僕を見ても、驚くことなく視線で先を促した。
僕は体を預けていた正門から背を離し、正面から跡部に向き合った。
不「苦労するよね」
僕の存在には興味も示さなかったくせに、そのひとことはカンに障ったらしい。跡部の表情が分かりやすく不機嫌になる。
跡「覗きとは、いい趣味してるな」
不「偶然だよ。立ち聞きしてしまって悪かったね」
素直に謝ると、興を削がれたようにそっぽをむいた。
不「今日はもう帰るのかい?」
ジャージではなく制服の跡部は、既に鞄を持っていた。
問いかけると、跡部が小さな声で肯定する。僕とは会話をする気は無いようで、見せつけるようにため息をついた。
不「そう。じゃあまた……」
跡「お前」
大会で。そう告げて終わろうとした時、跡部が低い声をだした。
跡「一昨日のことと言い、さっきのことと言い、俺に言うことはねえのか」
硬い表情で、跡部が苛立ちを隠さず僕を睨みつける。
僕は「そうだなあ」と一旦思考するものの、数秒後に跡部を見て、「やっぱりないよ」と微笑んだ。
跡部の眉間の皺が濃くなり、顎を突き出して嘲るように鼻で笑った。そのまま僕の横を通り過ぎようとするので、僅かに体を跡部の前に滑り込ませる。
不「勘違いしないで欲しいんだど」
立ち止まった跡部が僕を見下ろす。相変わらずの横柄な態度に懐かしい気持ちになりながら、僕は真っ直ぐ跡部を見た。
不「僕はAを手放す気は無いよ」
跡部の眼光が鋭く光る。対抗するように、僕は口元の笑みを深くした。
不「ただ、Aの気持ちは大切にしたい」
Aを手放したくは無いけど、束縛したい訳じゃない。彼女の意思を尊重したい。
そんな思いの言葉だったが、跡部は不機嫌を隠しもせずに僕に吐き捨てるように言う。
跡「自信しかねえって顔だな」
そしてふっとひとつ息を吐いて、表情が僅かに柔らかくなる。
跡「あいつと同じ顔だ」
そう言って、跡部がおもむろに足を進める。
遠ざかる跡部の背中を見ながら、彼の気持ちを思い、僕は何も言い返せなかった。
239人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:葉奈 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/hana1/
作成日時:2022年8月26日 17時