140話 ちゃんと ページ4
貴「この間、……その、『好き』って言われた時も、最初はよくわからなくて、何の好きなのか、何に対してなのか。本当に私なのか。……それなら、私の気持ちはどうなのかって。そういうこと考えて、私自身の気持ちも全然ちゃんとしてなくて、なのに先輩に何か言うのは、すごく申し訳なくて、だから……だから、あの時、ちゃんと返事できなくて、その……ごめんなさい」
まとまらない私の言葉に、不二先輩の表情が和らいでいくように見えた。私の謝罪に先輩がゆるゆると首を振る。
それを見て、私はひとつのわだかまりがほどけたのを感じた。
貴「まだ、ちゃんと自分の気持ちが分かったかどうか、自分でもわからないんです。でも、先輩だからうれしいとか、悲しいとか、淋しいとか、きれいだなって思ったこと、楽しいって思ったこと、先輩と一緒だったらいいなって思ったり、そういうの、今までいっぱいあって、だから私……その、私、たぶん、ちゃんと先輩のこと……っ」
そこまで言って、私は次の言葉を継げなかった。今まで目の前にいたはずの先輩はいなくなって、代わりに体が一回り大きな体温に包まれているのを感じた。
貴「……せ、先輩？」
少し苦しいくらいの力に、私は思わず声をかけるが、不二先輩は何も言わずに私を抱きしめていた。
しばらくして、僅かに抱きしめている腕にぐっと力がこもり、耳の後ろからくぐもった声が聞こえる。
不「……A」
苦しいくらいのその声は、確かに私の耳に届き、私は先輩の肩口で大きく頷いた。
不「好きだよ」
今度ははっきりと言える。今まで彷徨っていた腕も、どうすればいいかちゃんとわかった。
私は両腕を思い切り先輩の背に回し、先輩の肩口から見える夜空に響く声で答えた。
貴「私もです！」
その瞬間、またぐっと先輩の腕の力が強まる。甘えるように私の肩口に先輩の額が押し付けられている。私は初めて見る先輩のしぐさとその行動に、心の中でふつふつと、今まで感じたことのない気持ちが沸き上がるのを感じた。
不二先輩はしばらくそうして甘えた後、ふっと力を抜いて、それでも顔は合わさないまま、ぼんやりとした様子で口を開いた。
不「この間、本当は言うつもりなかったんだ。この間、というより、この先も」
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作者名：葉奈 | 作者ホームページ：http://uranai.nosv.org/u.php/hp/hana1/
作成日時：2022年8月26日 17時
