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【幸村精市】 ページ26

ポケットから単行本を取り出して、栞が挟んであるページを開く。リヴィエールがロブレを解雇するシーン。たった1回のミスで否定されるロブレを可哀想だと思うし、そのたった1回のミスで命を落とす可能性があるということを知っているリヴィエールの思いも同情できる。ただやっぱり文学は文学で、寄り添うものであっても干渉できるわけでは無い。

『夜間飛行』は何度か読んだだけだが、寄り添うという点において、私はこの結末がとても好きだった。


緩やかな風と時折遠くから吹く潮風にページを捲られ読み進めていると、不意に背後で大きな音がなった。振り返ると、先程の先客が足元にあった画材などを倒した音だったようだ。さほど広くも無い屋上の、1人だと無限にも感じる床に、細かな画材が転がる。

私は本を閉じてパンツの後ろのポケットに突っ込むと、先客に向かって駆けた。

「あっ……、ありがとうございます」

先客へ辿り着くまでに拾い集めた絵の具や絵筆などを手渡すと、紺桔梗色の瞳と目が合った。

貴「いえ」

多分男子だろうが、女性に間違えそうになるその線の細さに息を飲む。見た目に違わず声音も円かで、つい惚けてしまった。

「大丈夫?」

静かに問いかけられて、ぼんやりと返答する。瞬きもせず見つめていると、先客の綺麗な眉尻が僅かに下がる。

「……え、っと」

貴「あ、いえ、すみません」

戸惑う声を聞いてようやく現実に戻った私は慌てて彼から目を逸らした。軽く会釈をして踵を返したところで、背後から小さく「あ」という声がする。

何か問題があっただろうか。拾った画材は丁寧に扱ったつもりだが、私はガサツだからどこか破損してしまったのかもしれない。焦って振り返ると、彼の瞳は手元の画材ではなく私に向けられていた。しかし目は合わない。今度は私が戸惑って声をかけると、彼は少し焦ったように「いや……」と躊躇いを見せた後、こちらを伺うように問いかけてきた。

「その本」

指さした先には、私のポケットに無造作に入れられた小説。私はそれを手に取って腹辺りに掲げた。

カバーはついておらず、本好きなら1度は見た事があるであろう、黒いプロペラ飛行機と黒い雲。下半分の深い青。そういえば、彼の瞳の色に似ている。

貴「これですか」

表紙を見せると、彼は口元を綻ばせて緩く頷いた。

「気になって読もうと思っていた本だったから、つい。ごめんね」

問題ないと首を振ると、彼は嬉しそうに笑って1歩私に近づいた。

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葉奈(プロフ) - はるるんさん» はるるんさんありがとうございます!ゆっくり更新ですがよろしくお願いします(*・ω・)*_ _) (2020年9月7日 20時) (レス) id: c1c4e29ce5 (このIDを非表示/違反報告)
はるるん(プロフ) - 葉奈さん» 葉奈さんこそお疲れ様です(*´-`)疲れを取ってから更新してくださいね(^_^) (2020年8月31日 23時) (レス) id: 3a9f70176a (このIDを非表示/違反報告)
葉奈(プロフ) - はるるんさん» ありがとうございます!仕事お疲れ様です!1度でもいいから終わらない夏休み経験したいですね( ;∀;)更新遅いですがよろしくお願いします! (2020年8月30日 1時) (レス) id: c1c4e29ce5 (このIDを非表示/違反報告)
はるるん(プロフ) - 毎回面白くて更新楽しみに待ってます(^ ^)私も仕事をしているので終わらない夏休みがあるマダオが羨ましく思います笑 (2020年8月18日 22時) (レス) id: 3a9f70176a (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:葉奈 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/hana1/  
作成日時:2020年8月11日 1時

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