数学サタデイ【スピンオフ】～Winter’s Tale～ (ページ12)

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割り算(2) ページ12

甘いカプチーノ。
口に含むとしあわせな気持ちにさせてくれる魔法の飲み物。

「そんな風においしそうに飲んでもらえると嬉しいな」

「特に話すことはないんだけどね、一回こうしてAちゃんとお茶がしたかったんだ。」

エプロンをしていない姿の彼は新鮮だった。

カフェのお兄さんとしてではなく、普通の、かっこいい年上のお兄さんが目の前にいた。

「レイ、勤務時間外だからって店内でナンパはやめろよ？」

店長さんかな？
他の店員さんとは色の違うエプロンをした人がニコニコしながら声をかけにきた。

「嫌だな～僕はそんなに軽いことはしないです」

店長さんは、冗談だよ、とレイさんの肩を叩く。
そして私に、いつも来てくれてありがとうとお礼を言うとケーキをサービスしてくれた。

レイさんは私にいろいろなことを話してくれた。

音楽が趣味であることとか、最近ミステリー小説にハマっていることとか。

どれも何気ないことだっだけど、私は美しい詩を読んでいるみたいに気分が良かった。

いつのまにか随分と話し込んでいたようだった。

帰ろうと立つ私を、レイさんはお店の外まで見送る。

「Aちゃんのおかげで良い思い出ができたよ。ありがとう。」

「私の方こそ、楽しかったです。」

「Aちゃんは僕にいつもすてきな忘れ物をしていってくれるね。」

レイさんは一度、長めの瞬きをしたように見えた。

「君の言葉も、その瞳も、何より君という存在に出会えたことを僕はきっと忘れないでしょう。」

そう言うと突然抱きしめられる。

私は不思議と驚いたりはしなかった。

彼にどんな意図があったのか、何故だかそういうことは全く気にならなかった。

ただただ、あたたかくて、優しい気持ちで満たされた。

「でもね、Aちゃんは僕のこと、全部忘れちゃうといいよ。」

彼は小さな声で呟いた。

鳴り響く目覚ましを止め、急いで支度をして家を出る。

今日はお休みをもらったはずが、人手不足のために出勤している。
ディナーの約束があるのにバイトなんて。

クリスマスの時期専用のCDをお店のプレイヤーにかける。

懐かしい音楽に、ここでの優しい記憶が蘇る。

忘れ物をして行ったのはあなたの方でしょう、私は心で呟いた。

新しく増やすことはできなくても、手元にあるのがなくなるわけじゃないから。

だから私は、あなたの忘れ物全部大切にしまってあります。

いつかそれを取りに、私に会いに来てくれると思いながら。