いつも通りの日常に ページ7
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伊沢社長を意味もなく避けるようになってから、一週間が経った。
案外日常に戻るというのは簡単で、半年も続いていた送り送られという関係は、この一週間で完全消滅してしまった。
これで良い。
彼には白石さんが居る。これ以上、彼らの恋路を邪魔したくはない。
―――『 だけどもしあいつが君を奪えなかったら……その時は、僕と本気で付き合わない? 』
……となると、あの賭けについても真剣に考えないといけないな。
端から社長が私を奪いにくるとは思えなかったし、そもそも奪いに来る理由も見当たらなかったから、もっと早い段階で考えていても良かったのだけど。
考えれなかったのは、考えようとしなかったのは、心のどこかで自惚れてたのかな。
社長が、もしかしたら来てくれるかもしれないって。
―――『 全部冗談に決まってんだろ。真に受けんじゃねーよ、ブスのくせに 』
あーあ。忘れかけてたのに、また思い出しちゃったよ。
無心で机を拭いていたつもりなのに、脳裏を過る嫌な記憶。
一度ピタリと止まってしまった手を再度駆動させて、胸の蟠りを押し出すように、机にこべりついた汚れを強くふきんで擦る。
忘れたい。なにも知らず浮かれてた私を、無かったものにしたい。
そうすれば、彼らの想いだって、素直に受け取れた筈なのに。
「 先輩! 」
「 ん、あぁ、白石さん。どうしたの 」
「 聞いてください!私、伊沢さんとキスしちゃったんですよ! 」
あぁうん知ってます。
なんならその現場実際に目撃しました。
最悪の気分でした。
なにが嬉しくて人のいちゃこらさっさを見なきゃならねーんでしょうか。
ぶっ飛ばすぞリア充。
なーんてことが言えるはずもなく、先輩らしくニコニコと笑みを浮かべながら、白石さんの惚気に「 そうなんだー 」と適当に相槌を打つ。
そもそも、そんなことを逐一私に報告されても困る。
私はもう無関係者なのだ。あとは当人達で勝手に進めて欲しい。
「 あ、私ばっかり話してすみません。先輩はどうなんですかぁ?あの、いつもお迎えに来る…… 」
「 河村さんね。いい人だよ、優しくて不器用 」
あの人という居場所があったから、私は元の自分を取り戻すことが出来た。
だからこそ申し訳ない。与えられてばかりで、私は彼になにも与えることが出来ていないから。
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作者名:朝田 | 作成日時:2021年1月6日 19時