迎えは要らない ページ42
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「 なぁ、伊沢 」
「 え、はい 」
一旦仕事に区切りをつけて立ち上がったのとほぼ同時ぐらいか。
一人目の到着を知らせてくれた彼が意味深な笑みを浮かべて俺を呼んだ。
「 もうお前が迎えに行く必要も無くなったな 」
「 ……え? 」
俺の疑問符が見えているのか居ないのか。
河村さんは意味深な笑みを絶やすことなく、自分のパソコンの前へと戻っていく。
俺が迎えに行く必要も無くなった?……どういう意味だ?
言葉の真意を読もうと穴が出来そうなほどに彼の背中を見つめてみる。
やがて彼と再び視線を交えることに成功したが、「 行けば分かる 」という助言とも言えない助言を貰って、会話は終わった。
行けば分かる。
俺の迎えが必要で無くなった理由が。
―――その時。一つの可能性が、脳裏を過った。
「 ……まさか 」
椅子にかけていたジャケットの存在も忘れて、決して長くはない道のりを走る。
途中コーヒーを運んでいたこうちゃんとぶつかりそうになったりもしたが、あの日、空港に向かって自転車をかっ飛ばした時よりは何倍も早く着いた。
会議室のハンドルに手をかけ、呼吸を整える。ぐちゃぐちゃになった気持ちも整理するように。
もしかしたら、俺の考えすぎかもしれない。
彼の言葉はもっと別の意味なのかもしれない。
過去に貰ったメッセージのように誤解しているのかもしれない。
この一瞬で、様々な可能性を考えた。
なのに体の芯から熱くなるような興奮が冷めやらないのは、どこかで確信を得ているから。
―――ガチャ
扉を開けた瞬間、並べられた椅子に座っていた人物が、無駄のない動作で立ち上がる。
視線を持ち上げた先に居た人物は、最後に目に焼き付けた姿より、ずっと大人びていた。
「 ―――初めまして。今日ここで面接を受ける、雫石と申します 」
自分を卑下し続けていた時の彼女とは違う。
下を向きがちだった視線は確かに俺を捉えて離さず、丸まりがちだった背筋はすっと伸びていた。
換気の為に開けていた窓からひんやりとした風が吹き込む。
胸辺りまで伸びた黒髪が彼女の頬を撫でていた。
「 ……ちゃんと顔を合わせるのは久しぶりですね。社長 」
穏やかに微笑む彼女の表情を目に焼き付けたいのに。あわよくば写真だって撮りたい程なのに。肝心な時に俺の視界は役に立たないんだ。
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作者名:朝田 | 作成日時:2021年1月6日 19時