逃げられる場所は ページ48
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残っていた編集を済ませたときには、既に空は藍色に覆われていた。爛々と地上を照らしていた太陽はすっかり成りを潜め、じっと朝が来るのを待っている。
こんな時間に帰宅したのは久々だ。基本残りは家で片付けるタイプだし、なるべく残業はしたくない性分だし。
腕時計に目を落とすと、丁度九時を回った頃だった。うーん、この時間だとスーパーに寄るのは面倒だな。明日にしよ。
「 四階のあの部屋、何かあったのかしら 」
「 さぁ。でも見かけない子だったわよ 」
自宅があるマンションに入ると、世間話をしている女性二人とすれ違った。その際に耳に入った事柄については大した興味は無かったが、癖でつい頭の片隅においてしまう。
四階と言うと、確か俺の部屋がある階だ。そういえばあの二人にも何度か鉢合わせたことがあるような。
面倒ごとに巻き込まれなきゃ良いが。
エレベーターが四階に到着し、廊下を進む。
見かけない子ね。俺の部屋は角部屋だから、歩いてる途中に確認できると思うんだけど。
「 ……あれ 」
結論から言うと、例の『 見かけない子 』は確認できた。しかも、俺の部屋の前で。
子と言われてた事から女性だとは予想できていたが……流石の俺でもこれは予想できないかな。
体育座りをして腕に顔を埋めている女性の元に歩み寄り、傍でしゃがみこむ。すると気配が感じ取れたのか、徐に隠されていた顔があげられた。
「 なにしてるの、しずくさん 」
「 ……かわむら、さん 」
「 そんなに泣いたら折角の化粧が台無しになるんじゃないの 」
グズグズに崩れた顔からも、彼女に何かあったのは明白だ。いつからここに居たのだろう。オフィスに戻ってきた伊沢もなんだか様子が可笑しかったし、伊沢となにかあったと考えるのが妥当か?
余程心が弱っているのか、普段からは想像も出来ないほど今の彼女は甘えただ。泣きながら俺に抱き付いてくるし、やけに俺の名前を呼んでくるし。
自分で始めたことだけどさ、俺ちょっとだけ後悔してるよ。
お遊びなんかでこんな関係、始めなきゃ良かった。
「 ……ここじゃあれだし、部屋入ろう、しずくさん 」
「 うん、うん、っ、はいる……ッ 」
君に頼られたことが嬉しくて堪らないのに、胸が引き裂かれそうになるほど苦しい。
君の一番になれないことが、どうしようもなく苦しいんだ。
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作者名:朝田 | 作成日時:2020年12月3日 19時