すりガラス越しの影 ページ18
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自宅であるアパートに辿り着き、部屋に入ってからはすぐにお風呂場へ社長を押し込む。
濡れた靴下のせいで床が濡れたが、この際後だ、後。今は彼が風邪を引かないように一刻も早く体を暖めて貰わなければ。
わーわーぎゃーぎゃー騒いでいる伊沢社長を風呂場に閉じ込め、私は急いで押し入れを漁りに行く。
たまに兄貴が泊まりに来るので着替えを置いていた気がするが、それをどこに置いたか忘れた。
とにもかくにも、社長が出てくるまでに探し当てて脱衣所に投げ込まなければ。私の首と名誉のために。まだ胴体とは仲良くしてたいぞ。
「 おっしゃあった! 」
なんとか兄の着替えを発掘し、ダッシュで脱衣所に戻る。
恐る恐る中に入ると、どうやら彼は今シャワーを浴びているようで、すりガラスには男性らしいシルエットが浮かび上がっていた。
シャワーの音も聞こえてきて、なんだか、普段とは違って、やけに緊張してしまう。
このすりガラスの向こう側に、自分の働く会社の社長が居る。こんな状況で、私はどんな顔をすれば良いんだ。
……いや、悩む必要はない。ただ普通にしていれば良いんだ。緊張なんて、する必要はない。
言い聞かせている言葉とは裏腹に、私の心臓はシャワーの音が大きくなればなるほど、比例するように大きく脈打っていく。
あぁ、嫌だ嫌だ。なに緊張してんだろ。なに照れてんだろ。
そんなの、私がしても全然可愛くないのに。
「 あれ、Aちゃん? 」
「 っ……ふ、服っ、ここ置いとくんで……! 」
分かっている。彼はただ、すりガラスの向こうに私の気配を感じたから、名前を呼んだだけだ。
なのに、今の私は変だ。まるで緊張している心情を読まれたような気がして、余計に顔が紅潮する。
恥ずかしい。顔が紅潮した理由は、主にそれだった。
もう子供じゃないのに、こんなことでオーバーリアクションしてしまってる自分が、心底恥ずかしい。
持ってきた服と脱衣所の棚に置いていたタオルを纏めて洗濯機の上に置いて、スパンッと勢いよく戸を閉める。
そのまま、足から溶けるように脱力した私は、壁を背にその場に座り込んだ。
「 ……なにやってんだろ 」
たかだか社長が家でシャワー浴びてるってだけで、なに動揺してんだろ。
……って思ったけど、よくよく考えたら社長が我が家でシャワー浴びてるって相当な事だったわ。
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作者名:朝田 | 作成日時:2020年12月3日 19時